【次回は5月21日(日)開催!】岡ブロ発起人ちーさんの想い・夢に触れて感化されずにはいられない。岡山ブログカレッジ第一回が無事終わりました。


 

毎日更新だったこのブログ。

まさかまさかの不定期更新になっております(^^;)

 


 

どうも。

岡山在住ブロガー。岡ブロ運営メンバーの生川です。

 

普段は、深夜のバイトで生計を立てながらフリーでファッションコーディネーター(買物同行)のお仕事をしてます。

&目下 自分のファッションブランド立ち上げ準備中です。

 

さて、去る4月9日(日)に、岡山在住のブロガーが軸となり、ブログを共に楽しく学べる場を!と誕生した岡山ブログカレッジ。通称:岡ブロの第一回目が催されました。

 

そもそも岡ブロって何?&運営メンバーをご紹介。


 

まずは、岡ブロってなに?という方に、岡ブロについて。

 


岡ブロとは。

岡山ブログカレッジの略称。
ちーさん
 

月間50万PVを誇るブロガー。ちーさんが発起人となり、その呼びかけに集まったメンバーにより運営されている月一開催のブログセミナー。

少し言い直すと、一方的なセミナーという形ではなく、『共に学ぶ』をテーマに参加者全員で勉強して、お互いに高め合える場が岡ブロです。

 

運営メンバーがとんでもなく豪華でして、簡単に紹介します。(五十音順)

 
きーたんさん
岡山の超実力派グルメブロガーきーたんさん。「岡山 グルメ」で検索すると、上位にヒットするほどのお方。

顔出しできるイケメングルメブロガーさん。

きーたんさんのブログ:きーたんの岡山名店道しるべ
→ http://okayamagourmet.com/

 
ちーさん
改めて、岡ブロの発起人ちーさん。ガジェット系に強く、月間50万PVというとんでもない影響力の持ち主。

僕が毎月参加している、ある勉強の場でちーさんが講師としていらっしゃり、知り合ったのがはじまり。

今回の記事は岡ブロの第一回目のレポートというよりも、ちーさんの岡ブロに対する想いに感化されてペンが走ってるところがあるので、それは後述します。
ちーさんのブログ:アナザーディメンション
→ http://estpolis.com/

 
トシさん
会社に勤めながら、一般企業を対象に個人でコンサルなどをされているトシさん。

ブログにおいて本当に頼りになる方で、悩みや質問をぶつけるとすごく的確に回答して下さいます。笑顔が素敵。

トシさんのブログ:ブログのちから
→ http://www.empowerments.jp/

 
パパンダさん
月間20万PVを誇るイクメンブロガーのパパンダさん。

僕はパパンダさんのブログが好きでして。

ブログをやってるからこそわかるのですが、写真を差し込む間や、漢字で表記できるところを敢えてひらがなで書いたり、文章のテンポも好みで、読みやすいんです。

パパンダさんのブログ:パパンダの年子育児ライフ
→ http://www.papanda-life.com/

 

「ブログをみんなで楽しく学ぼう!」と、こんな豪華メンバーが仕掛ける岡山ブログカレッジ。

改めてすごいメンバー。

 

第一回岡山ブログカレッジのレポートは簡単に。

 


 

岡ブロの記念すべき第一回目。

 

すっごく良かった。

良かった点は色々あるのですが、まず、外部からお呼びした講師が最高。

 

ヨスさん
第一回目の岡ブロ。

この記念すべき1回目に、香川在住のプロブロガー。ヨスさんをお招きしました。

 


ヨスさん。

会ってみて思った、柔らかい雰囲気・空気感をお持ちのヨスさんは、香川在住の月間120万PVのプロのブロガーさん。

ヨスさんの人柄が溢れ出ているブログ記事は必見。

僕は娘さんとヨスさんの掛け合いが好きです。

ヨスさんのブログ:ヨッセンス
→ https://yossense.com/

 

ヨスさん。僕は今回がはじめましてだったのですが、本当気さくで、すごく親しみやすい方。

今回はゆっくりお話しすることができなかったので、早くまたお会いでしたいです。

 



 

で、会場がこれまた最高。

古民家を改装したカフェ。桜花(おうか)さん。

内装が和で、すごくリラックスできました。

 

もう、本当サイコー!!!
 

 

ヨスさん × 会場の桜花さん = 癒し

でした。

多分、かなりの量のマイナスイオンが出てたんじゃ?

 

 

僕が今回の記事で書きたいこと。岡ブロ発起人ちーさんの岡ブロに対する想い・夢

 


 

岡ブロの第一回目が開かれて数日。

運営メンバー、参加者さんがそれぞれ、岡ブロのレポート記事を更新されています。

そんな中、岡ブロの発起人。ちーさんの記事は熱量が違いました。

少し長いかもですが、原文そのままに引用いたします。

 

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

 


 

ちなみに僕が、ブログを通じて実現したい夢。

今まで人にもあまり喋ったことはないんですが、この機会に今(2017年4月時点)の思いとして書き記しておきます。

例えばガジェット系の記事わーすたなどのアイドル記事、カテゴリー別では色々ありますが、全ての記事のベースにあるもの、僕のミッションとも言えるものは、

『もう1つの居場所』を作りたい

と言うことです。
ブログもそうだし、岡山スマホユーザー会もそうだし、今回はじめた岡山ブログカレッジも、究極的にはこの思想がベースです。

もうちょっと具体的に言うと、人はほとんど何かに所属して生きてます。ざっくりいえば、

  • 学生は、学校・部活・塾など
  • 社会人は、会社
  • 専業主婦(主夫)は、家庭
という具合なんですが、例えば学生だといじめ、社会人だと会社をクビになる・辞める、主婦(主夫)は離婚、みたいな具合で崩れると、居場所がなくなった感覚に陥ることがあります。

人はこういう時に一番『病む』と思います。

僕はこれを2010年~2011年にかけて、うつ病で休職した時に体験しました。病気が理由でできなくなったとは言っても、なくなるとそれはそれで喪失感があるんです。どうでもよくなるし、壊したくなるんです。

こういう人を1人でも減らしたいです。

僕の場合は、妻などの家族をはじめ、インターネットを通じて知り合ったアイドルヲタクの友達や、大学時代の友達が沢山いました。会社以外の居場所があったことが、うつ病からなんとか回復できた最大の理由だと思っています。

「毎月の岡スマが僕の支えです」

と実際言われた事があります。
自慢とかではなく、これって凄いことですよね。僕が何気なくはじめたコミュニティが『1人の命を救ったかもしれない』わけですから。

いつか分からない予定ではなく、決まった予定ができること。これに意味があると気づいた出来事でした。

だから、僕がやるイベントは、一発ものではなく『定期開催』であり、招待制などクローズドなものではなく誰でも参加できるオープンなイベントなんです。

僕はよく「一本足打法はやめた方がいい」っていうんですが、今の時代『1つ』に依存するというのはものすごく危険だと思っています。
メインはメインでいいですし、大切にすればいいです。ただ、いつも上手く行っているとは限らないので、それ以外のバックアップ・逃げ場みたいなものがあると、随分気楽にもなるし強くもなるものです。

そういう意味で、『もう1つ』なんですね。

だから僕はひたすら『居場所』を作ってます。
  • 最初は自分のためにブログをはじめました。
  • iPhoneやガジェットが好きだから、『僕が』それを思いっきり話する場として岡山スマホユーザー会をはじめました。
  • 『ツールとしてのブログの魅力・楽しさ』をもう少し広く伝えるために、岡山ブログカレッジをはじました。
一応意味はあるし、全部繋がっているんです。

 

引用元:アナザーディメンション「ブログで実現したい夢は「もう1つの居場所作り」。第1回岡山ブログカレッジ開催レポート #岡ブロ」
→ http://estpolis.com/2017/04/36119.html

 

僕が一番グッときたところを赤色に着色しました。

僕はちーさんと知り合った時から、ちーさんの病気だった過去をうっすら知っていました。

だからこそ、ちーさんが岡山スマホユーザー会・岡山ブログカレッジに掛ける想いは大きい。

 

で、ですね、今から書くことは、僕がリアルで付き合いがあり、尚且つ信頼のある家族や友人しか知らない事で、ブログに書くのは初めてなのですが、

僕も一時期、数年前にうつ病だったんですよね。割りと最近に。

質問なのですが、みなさんは、精神科の先生に、「今みたいに、くれぐれも死のうなんて思わないで下さい。」って言われたことってありますか?

 

三重の母親が岡山に住んでる自分の事をどうしようもなく心配で心配で、わざわざ岡山まで来て、大泣きしながら「大丈夫大丈夫なんて言って、あんたそんなん全然大丈夫じゃないやんか・・・。」って泣き崩れているのをただ何も言えずにじっと見ることしかできなかったこと、ありますか?

すごくしんどくて、すごく辛かったです。あれはもう二度と経験したくない。

うつになると、何でかわからないんですが、もうどうする事もできなくて、立ち上がることもできないんです。

なんて表現して良いのか。

もう、闇しかないんですよね。

で、僕もちーさんと同様、自分のいれる居場所があったから救われたところがあるんです。

根本的には 両親の深い愛情や、友人たちのおかげなのですが、それだけじゃなく、真っ暗な闇から抜け出せた要因の一つにブログというものがありました。

 

これ以上 病気の事について書くととんでもなく暗い記事なっちゃうのでここで止めるとして(笑)

コツコツとブログを続け、短期間で多くの方と出会い、気付けば岡ブロの運営メンバーのひとりになっていました。

 


 


 

僕の中でブログは楽しいものであり、このブログの読者(友達が読んでくれてることが多い)が暇つぶしのツールとして使ってくれるだけでもありがい。だから、少しでも楽しい記事を届けたい。

 



 

あとは、ファッションコーディネーター&ファッションディレクターの面も備えているので、ファッションブロガーとして洋服・ファッションの魅力を伝えたいとも思ってます。

 

話は戻りまして、前述のちーさんの記事↑を読み、「そっか。だからか。」と腑に落ちたことが。

 


 

ちーさんの岡ブロへの想いを改めて知り、「そっか。だからか。」と腑に落ちたこと。

それは、ちーさんの岡ブロ立案から実行までの段取りの良さ。

岡ブロ運営メンバー専用のFacebookグループがあるのですが、ちーさんが本当にテンポ良く、企画に関する提案なんかを書き込んでくださり、会場の手配・機材準備・入金のシステムについて・ロゴ作成の外部依頼など、全てを進めて下さいました。

 

岡スマでのノウハウが活きてるにしても、この行動力・スピード。まさに岡ブロに対する熱量の大きさを物語ってます。

 
ちーさんの岡ブロへ向けての想い。「そっか。だからか。」と腑に落ちたこと。極め付けはこれ。
 


 

ちーさんの岡ブロへの想いを改めて知り、「そっか。だからか。」と腑に落ちたこと。

↑この写真です。

 

岡ブロの講義の途中、ちーさんは会場の後ろ側。全体を見渡せる位置からみなさんを見てらっしゃったのですが、見て頂きたいのは、その表情です。

こう、何か大事なものを見守ってる感じ。

 

ちーさんの岡ブロへの熱意があるからこそ、こんな優しい表情でみんなを見てたんだなと。

 

今回のまとめ & 次回の岡ブロの告知

 

発起人ちーさんの想いのもと集った豪華メンバーがスタートさせた岡山ブログカレッジ。

一方的なセミナーという形ではなく『共に学ぶ』をテーマにしているので、参加するみんなで勉強し、ブログをもっと楽しみましょう!

 

 


 

日時: 2017年5月21日(日) 14:00〜17:00

場所:倉敷市内の会議室を借りる方向で調整中


費用:2,500円


メインテーマ:ブログのコンセプトを考えよう


講師:トシさん(←ヨスさんばりに豪華)


 


興味のある方は是非、一緒に学びましょう!

 

あ、そうそう。最後に大事な報告が。


 

今回の会場だった桜花(おうか)さんのおはぎ。

めちゃウマでした。

 

ではでは

【自分のファッションブランドを始めようとしてます。】フリーター生川の取り組み・活動について。

【自分のファッションブランドを始めようとしてます。】フリーター生川の取り組み・活動について。

 

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※めちゃ長い記事です。ご注意ください。

 

今回は、フリーターの自分が取り組んでる事の紹介を。

 

・専属スタイリスト(専属コーディネーター)、洋服の買い物への同行業について。

・某会社さんのSNSによる広報活動について。

・デザイン業

・このブログのこと

・ブログ・SNSの指導

・自分のファッションブランド立ち上げに向けた活動

 

まず、前提としまして、

基本的に↑これら全て、一流と呼ばれる質のものではありません。

自分が実際に経験してきた事で、

わかる範囲で、相手にお役に立てる範囲でさせて頂いてるものです。

 

 

 

専属スタイリスト(専属コーディネーター)、洋服の買い物への同行業について。

 

sekkyaku
自分の洋服の知識・販売員としての経験を活かしてやってます。

 

ファッションに興味をもたず、時間とお金を他の事に費やしてきた方。

気付いた頃にはファッションというものがわからず、

めちゃくちゃダサい服装をしてる。なんてありませんか?

 

そんな方へ、

時間とお金を洋服・ファッションにばかり費やしてきた僕が、

自分のできる範囲内で、

カジュアルファッションでのお手伝いです。

 

 

 

はじめにご本人さんとしっかり話をし、(カウンセリングみたいな。)

その人特有の雰囲気、お人柄を少しでも理解し、

その方に似合う洋服を提案。

お洒落にするのではなく、ダサい服装から脱出してもらう手助けを。

 

カウンセリングの後は、買い物に同行させて頂き、

その人に合った洋服。似合う洋服を選ぶお手伝い。

 

これ、ご飯を食べてけるレベルではありません。

 

それに、必要な労力がでかすぎるから。

 

まず、3〜4時間程のカウンセリング。

どんな話をするかだとかは決まってないし、

理詰めするようなものでもありません。

 

ただ、普通に話をするんです。

 

人生これまでの事。趣味の事。どんな生活を送っているのか。

どんなお仕事か。何が好きか。彼女はいる?いない?とか。

ファッションに対する興味は?なんてのももちろん。

 

本当に普通の会話。

でも、その中に、その人を形成する大事なキーワードが潜んでいたりするので、

自分が拾える範囲で、そういったキーワードを集め、繋ぎ、

どういった服装が似合うのかを考えていきます。

 

こうやって文字にすると簡単なのですが、

それがまあ大変な訳です。

 

僕、名古屋の真ん中。栄という地でアパレルの販売員をしてた時があるのですが、

正直、めちゃくちゃ売ってました。

 

めちゃくちゃ売ってた。

というよりも、

めちゃくちゃ売れてきました。扱ってる洋服が勝手に。

 

それって何でだったんだろ?

って振り返ると、

基本、ただ話をしてただけなんですよね。相手の方を理解する為に。

 

あとは、仲良くなったお客さんには、

自分がどれだけ洋服・ファッションを愛しているのかを話してたかなって思います。

 

僕が名古屋で販売員をしてたときに書いた過去の記事を引用します。

↓ ↓ ↓ ↓ ↓

2015/4/20:販売員としての個人的な取り組み
→ http://mtatkk.com/blog-entry-13579.html

レジノート1

もし、このブログを読んでくださっている方の中に、

同業の販売職の方がいたら、

販売員として、何か続けている取り組みってありますか?

 

努力でも、楽しくやっていく為でも、お客さんを想っての事でも、

出世するためにでも、売り上げアップの為でも。

なんでもいいです。

僕は、いくつか意識してやってる事があるんですが、

今回はその内のひとつを紹介しようと思います。

小売業界へ戻り、もうすぐ一年。

販売員としてお店に立ちながら僕は、

接客・対応したお客さんの情報を、

個人的にノートへ残してってます。

 

 

 

レジノート1
僕の接客時間は、平均して長いです。
(うちの他の全スタッフと比べて。)

 

それは、

 

なるべく色んな情報を引き出して、

どういったものを提案すべきか

お客さんには何が必要なのかを考え、

お客さんと一緒に選んでいくスタイルが理想。

 

と意識しているから。

 

あと、会話をしていると、

その人の間(ま)だとか、空気感、人間性、洋服の好みがわかってくるから。

 

もちろん、百発百中じゃないし、

そんなもんで相手を理解できたら人生苦労はしません。

質問して、応えてもらって、知りたい情報を少しずつ分けてもらう。

そんな感じ。

 

一言で書くならば、

お客さんと仲良くなれるよう努める。

 

販売員の方。

接客に入る一言目が、

「良かったらご試着できますよ。」

「良かったらご試着してみてください。」

「そちら、新作なんですよ。」

「とても人気のアイテムですよ。」

↑これらばかりじゃありませんか?

もしそうだとしたら、

 

そんな意味のないありきたりな接客は止めて、

もっと違う方法を考えてみませんか?

 

対面、接客は、ネットでの買い物じゃないですから。

 

業務的な、簡単な接客・売る為の接客なんてしてたら

絶対ダメです。(だと思ってます。)

 

※正直、売り上げが0″ゼロ”な時や、売り上げがとことん悪い時は、

ブラックな闇の自分が顔を出し、

売る為の接客をしてしまう。

なんていうのも もちろんあります。

だって、僕も人間なので。(すみません・・・・)

 

ただ、自分が掲げる

「販売員としての理想」は追いかけます。

相手を知る為、情報を分けてもらう為、

少しでもお客さんと仲良くなる。

なるべく試着してもらって、

本当に似合うかどうか。

手持ちのワードローブ(私物の他のアイテム)との相性が良さそうかどうか。

「今までは着た事のないようなアイテムだけど、挑戦してみたい。」

なんて思ってもらえるかどうか。

理想として、

お客さんと一緒に考えていきたいんですよね。僕は。

似合わないと思ったら、一言謝って脱がせる事もたまにあります。

(その服を選んだ僕のスキル不足です・・・orz)

 

もし、この記事を同業の方が読んでくださっていたら、

改めて、よく考えてみてください。

初対面の相手に対して。

もしくは、顧客さんに対してだって、

お互いに知らない事ばかりじゃありませんか?

もし、この記事を同業の方が読んでくださっていたら、

あなたは、あなたの顧客さんの事をどこまで知ってますか?

 

その人は男性ですか?女性ですか?

本当に男性ですか?女性ですか?

過去に性転換をした過去が実はあるかもしれません。

(ふざけてないです。真面目な話です。)

その人の好きな食べ物は何ですか?

なんでそれが好物なんですか?

小さい頃からずーっとそれが好物なんですか?

どのレベルでの好物ですか?

毎日食べてるんですか?

自分で作るくらいですか?

年に一回くらいしか食べないけど、大好物なのかもしれません。

誕生日はいつですか?

地元はどこですか?

どこからお越しなんですか?

既婚ですか?独身ですか?

ズボンを穿く時は、右脚から通しますか?左からですか?

パン派ですか?お米派ですか?

趣味は何ですか?

職業は何ですか?

アクティブですか?インドアですか?

泳げますか?カナヅチですか?

歯磨きは一日何回しますか?

映画好きですか?

ロリコンですか?

マザコンですか?

ファザコンですか?

ブラコン・シスコンですか?

天ぷらって知ってますか?お餅って知ってますか?味噌汁って知ってますか?

(日本人全員が100%知ってる訳ではないですよね。)

自転車乗れますか?

切符の買い方知ってますか?

携帯電話はスマホですか?機種は何ですか?使い易いですか?

右利きですか?レフティーですか?

もしかしたら両利きかもしれません。

インスタやってますか?フェイスブックやってますか?

お互いを知るために、

質問できることなんていくらでもありますよね。

僕は、一見さんはもちろん、顧客さんのことも全然知りません。

ましてやそれは、

相手が自分の家族、親友、友人、同僚etc…..だとしても、

そこまで詳しく知りません。

だから、

会話を嫌うお客さんでない限り、

そのタイミングでの店内の来店客数が多くない限り、

会話をすることを心がけています。

そうすると、

ごくたまに共通の話題が見つかり、

そこから盛り上がって笑顔が生まれる。

そしたら、

またふらっとお店へ顔を出してくれたり。

自然と、次に繋がっていくもんです。

なので、

せっかく色々と会話をさせてもらってるんだから、

少しでもお客さんの情報を忘れないよう、

記憶力の悪い僕は、ノートに書き留めています。

 

 

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レジノート6
(出ちゃまずい項目は全て消してます。(>_<) )

僕がよく書き出すのは、

誰に似てるか。

僕は顔を覚えるのが苦手なので、

今まで出会った友人知人、もしくは有名人の誰に似てるかというのも、大事な情報なんです。

その時の服装。

地元がどこなのか。

お仕事は何をなさってるのか。

何を購入してくれたか。

他に、会話で出てきた内容次第で色々変わるんですが、

実際に書いてるヤツをいくつか紹介すると、

 

最近、スノボ行った。

スノボは好き。トリック決めたりする程ではない。

→ アクティブ。もしかしたら、スポーツテイストの服なんか好きかも。

 

 

確定申告で忙しかった。

→ 自営業。個人事業主。

もしかしたら社交性の必要な場に出る事が多いのかもしれない。

少しでもカッコがつくように、

シャツやテーラードジャケットなんかを中心に提案すると

喜んでくれるかもしれない。

 

 

春から一年間、カナダへ留学する。

→ 北米だと洗濯環境が変わり、

日本の規格よりもかなりパワーのある洗濯機・乾燥機。

そういった事を考慮して、生地や縫製が丈夫なアイテム提案するべきかもしれない。

何よりも、冬は寒いから、

機能性のあるアイテムも必要なのかもしれない。

 

 

黒系のスタイリングが多く、春らしい色のアイテムは持ってない。

→ 差し色程度に、明るい色を提案すれば、

少しはチャレンジしてくれるかもしれない。

それで、また少しファッションを好きになってくれるかもしれない。

 

 

Telで取り置きなさった人。

電話では口調が強く、販売員に対して偉そうだが、会うと結構良い人そうだった。

→ しっかりと会話をしてくれるタイプのお客さん。

ゆっくり話し込んでみて、一緒に適したアイテムを探せる人かもしれない。

 

 

 

独立して一人親方をなさっている。実は、隣の店と間違えて来店。

→ 隣の店はスポーツテイスト(サーフ、スケボー)のお店。

それなら、自店の中からスポーツテイストなアイテムを提案もするし、

なぜその隣のお店の服が好きなのかを尋ねてみて、

新しい提案ができるよう努めてみる。

 

 

○○○というパン屋に勤めてる。

朝が早く、毎朝5時30分起き。

→出勤時間が非常に早い=退勤時間も周りより早い。

仕事終わりに、街を散策できる時間が多い。

通勤で着ていける服で、なおかつ街を歩いて様になるアイテム。

ベーシックだけど、どこか凝ったアイテムが良いのかもしれない。

 

 

 

○○○という服屋に通っていて、

そこの店長さんと仲が良い。

→その○○○という服屋は

どういった系統のファッションのお店か。

それを知る必要がある。

etc…….

 

 

色々書いてました。

毎回、全部を全部こんなにも情報を残せてる訳じゃないです。

基本的に、

「どこから来た」「何を買ってくれた」「お名前」「年齢」

↑ このあたりを簡単に書いてます。

というか、

そういった傾向にある事が、

今回の記事の為に見直してみたら判明しました(笑)

 

 

さらに例を出してみると、

Q:お勤めですか?学生ですか?

→ 学生です。

 

Q:実家で家族と一緒に生活してますか?

→ いいえ、一人暮らしです。

 

Q:服はたくさんお持ちな方ですか?

→ あまり持ってません。

 

こういう若い学生の方が、

仮にシャツを探しに来店したのであれば、

化繊が混紡された

ノンアイロン&速乾性に優れたシャツ

↑これなんか、

喜んでもらえそうじゃありませんか?

 

学生で服はあまり持ってる方じゃない。

→ 少ないレパートリーによる服のローテーション。

雨が続いて洗濯物を部屋干しする日

(洗濯物が乾き辛い日)が続いても、

速乾性があれば乾き易い。

着たい時に着てもらえる。

 

なおかつ一人暮らし

→ 一人暮らしの学生さん。

よっぽど服が好きではない限り、

ほとんどの人はアイロン掛けなんてしないのでは?

もしかしたら、アイロンを所有していない人ばかりでは?

だからこそ、ノンアイロンシャツの方が

その人に適しているかもと、仮説が立てれます。

シンプルに、「アイロンは持ってますか?」と尋ねてもいいですし。

人と人です。

普通に会話をすればいいじゃないですか。

その会話の中に、

そのお客さんに適したアイテムを

見出すお手伝いができる。

そんなキーワードが潜んでるはずです。

さて。

僕は今、会社に雇われてる身の販売員ですので、

前述の取り組み(できるだけ色々とお話しさせて頂く事)には、

業務上の限界があったりもします。

場合によっては、

なるべく時間を掛けずに販売し、

自分たちのやるべき業務をやる。

という判断の時ももちろんあります。

(ファッション小売業界では、どこの会社もそうなのかもしれません。うちの会社もそうです。)

 

なので

なるべくお客さんとキャッチボールをして、

相手を知り、良い提案をする・良いアイテムを一緒に見つける。

というスタイルでは、

どうしても

社内では批判的にみられるたりする時もあり、

ほんの少し苦しい事がたまにありますが、

自分を理解してくれている店長がいるので、

店長に甘んじすぎない範囲で、

店長と一緒に、

「可能な限りの対応」と、「会社の方針・スタイル」との上手な着地点を探していきます。

 

2015/4/20:販売員としての個人的な取り組み
→ http://mtatkk.com/blog-entry-13579.html

 

こんな考え↑の僕がお手伝いさせて頂く、

専属スタイリスト(専属コーディネーター)、洋服の買い物への同行業の流れを説明します。

 

自分の洋服の知識・販売員としての経験を活かしてやってはいますが、

本当に労力がいります。

 

はじめにご本人さんとしっかり話をし、(カウンセリングみたいな。あと、お互いが打ち解ける為に必要な時間。)

その人の雰囲気、お人柄を少しでも理解し、

その方に似合う洋服を提案。

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お洒落にするのではなく、ダサい服装から脱出してもらう手助けを。

(お洒落になろうと思ったら、髪型やライフスタイルへのテコ入れだって必要になってくる可能性があります。)

 

カウンセリングの後は、買い物に同行させて頂き、

その人に合った洋服。似合う洋服を選ぶお手伝い。

 

最近の例でいうと、

①バイトのない日に、自転車でおよそ1時間かけて依頼人の家まで行き、

約4時間カウンセリング(といってもただ普通に話をするだけ。お互いを知る為の時間。)

 

②別の日に、ユニクロへ一緒に下見。

 

③さらに別の日に、依頼人と一緒にGUへ買い物。

依頼人よりも1時間ほど早くにお店へ行き、

まずは自分だけで下見。その後合流する依頼人本人への提案がスムーズにいくように準備。

GUでの買い物が済んだら、少し前に下見を済ませたユニクロで買い物。

 

④最後。また違う日に都合を合わせてスニーカーを買いに靴屋さんへ。

 

⑤さらに加えると、家に戻ってから、

これに関連したやらないといけない作業を徹夜で6時間かけてこなしました。

 

【この記事はあなただけの為に】買った洋服の解説書 -りゅうき君へ-



↑それがこちら。徹夜で仕上げた記事。

 

文字数で7,000字以上。

6時間かけて書いたブログ記事です。

 

 

これは正直、相当な体力と時間がないとできません。

 

この例を挙げたものでいうと、

僕自身、どこまでやれば本人の為になれるのかがわからなかったので、

自分の中で割り切り、超全力で取り組まさせて頂きました。

 

何故って、

「生川さん。僕にファッションを教えて下さい。周りからダサいダサいっていつも言われるんです。変わりたいんです。」

なんて頼まれたら、

こちらも本気で向き合って、取り組みたくなりますよね。

 

しかし、これ1本でご飯を食べていけるレベルではありません。

これ1本で生活してこうとするなら、課題だらけです。

 

あとわかっているのは、

相手方にも時間の融通を利かせてもらったり、

買い物で色々回ったりするので、

僕も相手も双方に、時間と体力と柔軟性が必要だということ。

 

あと、本人がどれだけ本気で変わりたいと思ってるかにもよりますね。

※余談ですが、

金出せばお洒落にしてくれるんでしょ?

↑みたいな人だと、

僕は相手にしたくありません。

 

これが、フリーターの僕がやってる、

専属スタイリスト(専属コーディネーター)、洋服の買い物への同行業についてです。

 

 

某会社さんの広報。

 

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ご縁がご縁を呼びまして、

とある会社さんから

僕がこれまでやってきた事(情報発信)に興味をもって頂き、

SNSによる情報発信を広報担当としてさせて頂いてます。

 

ちなみに、お金は発生してません。

 

この件が異例なだけで、

無償で引き受ける事は、今後一切ない予定です。

 

結構大変で、やってみて浮上する色んな課題。

勉強させて頂いてます。

 

すごく良い経験。

 

 

デザイン業。

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友人・知人からの依頼でのみですが、

オリジナルTシャツを作りたいという人のお手伝い。

 

打ち合わせでデザインのリクエストをもらい、

それをイラストレーター(パソコンのデザインソフト)で形にし、

僕の知ってるプリント屋さんへ依頼。

Tシャツやパーカーへ形にして納品。

 

これは少しだけお金を頂いてます。

5kgのお米を買って少しお釣りがくるくらい。

 

他に、知り合いから頼まれたものでいうと、

商品のPOP作成や、パッケージデザインなんかも。

 

あくまでも、

デザイン職のプロでもない僕ができる範囲なので、

本職にはできません。

 

 

このブログ。

 

今はまだ、ただの趣味です。

 

ただ、少しだけ僕の理想を述べておくと、

ブログを軸とした情報発信力をもっと強くしたいです。

そうすれば、

もっと多くの人の役に立てると確信してるから。

 

あと、自分が食べていく術の一つになるかもしれないから。(←切実に)

 

ブログ・SNSの指導。

 

これもお金を頂いてません。

倉靖工務店代表。大工の岡野さんに指導させて頂いてます。

 

お金を頂いてないかわりに、

ご飯をご馳走して頂いてます。それがお給料。

あと、その時の岡野さんとご一緒させて頂いてる時間も立派なお給料です。

 

しかし残念ながら、現在ではというと、

僕が特に何か教える事もなく

岡野さんは情報発信できるようになってきてるので、

実質なにも指導してない状態。

 

岡野さんが僕を必要としてない状態。

ある意味、これは非常に良い状況だと思います。

 

 

そして最後。自分のファッションブランド立ち上げの準備。

 

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いま、自分のファッションブランドを立ち上げるべく、

準備をしています。

 

自分のオリジナルブランドをやってみようと思ったキッカケ。

 

僕、人生で2度 ファッションの販売員を経験してます。

 

1度目は10年前の20歳の頃。

2度目は、2年前の28歳の頃。

 

で、すごく感じたのは、

みんな、洋服を知らなさ過ぎるし、

素材や縫製の事を重要視してなさ過ぎる。

 

お客さんの層だとかも関係するのでしょうが、

1度目の販売員の頃は、

「これ、素材は何でできてる?」「縫製しっかりしてるね。」

なんて、お客さんの方から↑こういった声を頂く事が少なくなかったです。

 

でも、2度目の販売員時代には、

そんなこと一切なかったです。

 

で、行き着いたのが、

自分が思う良い洋服を形にして伝えたい。

という考え。

 

また過去の記事を引用しますが、

10代〜20代はじめの頃に

ファッション雑誌に載るような

日本のファッションブランドの服を買い漁っていた僕が経験した話を紹介してます。

 

 

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

 

2015/11/11:オオツボくんからのLINE
 http://mtatkk.com/blog-entry-13791.html

 

ーーー 冒頭部分は略 ーーー

 

ootsubokunnokuronocoat
 

すごくシンプルで、

とてもキレイに仕立てられたコートなんです。

このコートを手掛けたブランドの特性上、

所謂、ウンチク詰まってる系の洋服にあたるんですが、

そこがポイントという訳ではありません。

 

ポイントを挙げると、

在籍してたお店の取り扱いアイテムのラインナップの中でも

群を抜いて質が高い。

デザインがシンプル。

つまり使い勝手が良く、コーディネートに取り入れやすい。

 

↑ポイントとしては、こんな事が挙げられると思います。

 

で、僕の考えとして、

20代前半~後半の

自分と世代の近いお客さんに

(というより、僕の中では友達に近い感じ。)

着て欲しかったんです。

これから年を重ねていく上で、

良いアウターを知って欲しかった。

 

例外はあるにしろ、

大体のみんなは、

結婚したりして好きな服を自由には買えなくなるでしょう。

 

そうなったときに、

 

ただ流行ってるからといって

過去に買った洋服たちは、

思い出は詰まってるかもしれませんが、

タンスの肥やしになってる事が多いです。

ましてや、

ごくわずかなファッションブランドを除き、

何年かすれば、

今のファッション雑誌を賑わす

国内ファッションブランドと、

そのブランドのアイテムの価値なんて微々たるものです。

 

僕が10代の頃に買い漁っていた

ドメスティックストリート系ブランド(ドメスティック = 国内)は、

今 ブランド古着屋さんに売りに行ったとしても、

価値なんてほぼありません。

 

4~5万円した重衣料(冬物ヘヴィアウター)なんか、

買い取り額が500円とか。

悲しい事に、そんなもんです。

 

いや、本当悲しかったです。

カナダに行く資金をと思い、

ブランド古着屋に

相当な数の衣服を持ち込みましたが、

購入した時の金額の事を考えると、

買い取り金額なんてほんのわずか。

 

僕を慕ってくれた

友達みたいな仲の良いお客さんには、

そんな経験してほしくなかったわけです。

 

よほどの事がない限り、

今よりも洋服にお金をかけなくなる。

そうなったとき、

一枚でも多く、

クローゼットに残っていられるものを。

 

2015/11/11:オオツボくんからのLINE
 http://mtatkk.com/blog-entry-13791.html

 

 

洋服が好きで、販売員を経験。

気付けば、一時ではありますが服の作り手側の世界にも身を置きました。

 

そしてまた戻った小売業界を経て、

今はフリーター。

 

その間もずっとファッション・洋服は大好きであり続けたし、

質の良い洋服にもいくつか触れてきました。

 

定価10万円するようなシャツやニットのセーター。

 

指先の感覚、見てきた触れてきたものは、

「ファッションが好きだから。」ってだけで販売員やってるような

接客ができない・お客さんを大事にできない人には負けません。

(大きく言い過ぎかな・・・苦笑)

 

そんな僕が洋服を企画することで、

” 良い洋服 ” というのを少しでも伝えられたら。

 

そんな想いで、

現在、オリジナルのシャツを形にすべく動いています。

 

narukawashirt
↑シャツの3rdサンプルの着用写真。

172cm / 63kg 中肉中背の僕が着てこんな感じ。

 

ロング丈の長袖シャツです。

 

これまでのシャツに対する取り組み

 

生地

シャツの生地を探す為、

シャツ生地の産地として有名な

兵庫県の西脇市、静岡県の浜松市に行き、

個人で取引させて頂ける生地屋さんを探し、

品質の良いドレスシャツ生地を購入させて頂きました。

 

ボタン

シャツのボタンは、

宝飾品にも使われる天然の貝でできた貝ボタン。

その中でも特に美しい白蝶貝のボタンを使用。

 

貝ボタンの産地として有名な奈良県の川西町にある

貝ボタンの生産工場さんへ伺い、

直接取引きさせて頂いてます。

 

こちらの記事で、より詳しく貝ボタンについての解説をしています。

2016/6/23:使用するボタンを決めるまでの流れ【オリジナルのシャツに向けて】
→ http://mtatkk.com/blog-entry-14429.html

 

 

パターン(洋服の型紙)

パターン(洋服の型紙)は、

僕がこれまで出会ってきたパターンナーさんで一番信頼のおける方。

パターンスタジオ シナジー 代表の、藤森社長に依頼。

僕の私物のイタリア製の高級シャツを分解し、

イタリアの長い洋装文化。その歴史から生まれた美学や英知を知り、

その構造を僕のシャツにも採用。

 

仮縫い・1stサンプル・2ndサンプル・3rdサンプルを経て、

最高のシャツが形に。

 

 

本生産(量産)

そして、最終段階は、

その本生産(量産)をお願いすべく、

埼玉にある高級既製服の縫製工場。

代表の水出さんがいらっしゃるファッションいずみさんで、

その本生産の縫製をお願いさせて頂く事が決まっています。

 

埼玉のファッションいずみさんへも自分で足を運び、

きちんとお話しさせて頂きました。

 

016/9/13:SNSもリアルも同じじゃないと残念な人になってしまうので気をつけようと思った件
→ http://fashion-izumi.jp/blog/archives/1324

 

2016.09.12
こんにちは、頭が固くて結構気が短いタイプのミズイデ(@fashionizumi)です。

昨日はfacebookでつながっているお二人の方と初めてリアルでお会いしました、

ファッションいずみにて。

本当にうれしかった、

わざわざさいたま市の片田舎まで来てくれてありがとう。

そんなうれしい出来事があった日に思ったことを書こうと思います。

 SNSもリアルも同じじゃないと残念な男に思われてしまうので気をつけようと思った件。

ボクが日曜日に書いたブログをfacebookにシェアした時に

「釦付けが間に合わないよー、1着12個×50着だから600個あるよ、誰か手伝ってくれませんか?」的なことを書いたら。

直ぐにfacebookで友達のあとりえ舞衣さんが内職さんを紹介してくれたんです。

マジでー!!助かりました。

埼玉県草加市にお住まいでさいたま市まで車で1時間くらい掛かるのに

月曜日の午前中に当社まで取りに来てくれたんです。

ウソのような本当の話。書いた本人がびっくりしてます。

まさか、手伝ってくれる人が現れるなんて夢にも思っていなかった。

お話を少しして、共通の友人が多かったのでボクのことを手伝ってくれたみたいです。感謝です。

あとりえ舞衣さんに15着お願いしまして、

うちの内職さんで35着やってもらって何とか終わりそうです。よかったー!

 そして、岡山県からもfacebookで友達の生川さんが

ファッションいずみさんでどうしても縫って欲しいシャツがあるので、行ってもいいですか?って連絡をいただき昨日の訪問となった次第です。

生川さんは、かなりボクのブログを読んでくれているので恐縮してしまいました。アメブロから読んでくれていたので。

どんなシャツを縫って欲しいのか話を聞いてみると、

かなり細かいデティールにコダワッテいたので正直サンプル加工賃高いですよー、2万くらいになっちゃうかも、って脅かしてしまった。

針目は3㎝間に25針で、裾は3㎜の三つ折り、脇は3㎜の折伏せ、釦付けは、ボタンホールは、etc・・・

極めつけは、

「裏返しても着れるほど、裏側の縫代処理がきれいなシャツを縫って欲しいんです。」

いやーマジかー!そんなブランド前にも縫ったな…と思いだし、縫いたくないよー。

そうだ、前に縫った山内産地のシャツがそんな感じだった。

えらく大変だったんです。

そんな話をしたら、生川さんも山内さんのこと知っていました。あとりえ舞衣さんも知り合いって言ってた。

なぜだか、不思議とどこかでつながっているんだなぁー・・・と思った。

と、ここまではfacebookに書いたことと同じ。

 

2016/9/13:SNSもリアルも同じじゃないと残念な人になってしまうので気をつけようと思った件
→ http://fashion-izumi.jp/blog/archives/1324

この時、代表の水出さんにお伝えしたのは、

 


「いま、デザインばかりで素材や品質にこだわらない人たちに、

良い洋服というものを伝えたくて始めた企画です。

生地・貝ボタン。それぞれの産地へ行き、最高の材料を集めました。

パターン(型紙)も、自分が知りうる中で最高のパターンナーさんにお願いすべく、

3万円する私物の高級シャツを解体し、

そのとんでもない知識・技術の詰まった構造を理解し、

自分の気持ちをぶつけた上で、パターンを作成して頂きました。

その中で、パターンナーの藤森社長は、

僕の依頼させて頂いた仕事に取り組む中で、

” 今回のシャツのパターンは、なるくんの持ってきた高級シャツを超えるパターンにしたいんだ。 ”

そう仰って下さいました。

 

僕の想いに対して、生地・ボタン・パターン。それぞれ最高のものが揃いました。

ですので、ファッションいずみさんには、

シャツを裏返して着ても、それが裏側だとわからないくらいのクオリティーの縫製をお願いさせて頂きたいんです。

水出さんのところなら、それを実現して下さると思っています。」

と、水出さんにはお伝えさせて頂きました。

 

現在は、いきなり本生産に入るとリスクが大きい為、

ファッションいずみさんで

サンプルを1着縫い上げて頂くのを待っている状態です。

 

夢と不安が混在してます。

 

正直、フリーターをしながら個人でやるのに限界を感じる時があります。

でも、

他人にどうこう言われようが、

自分がどんだけ弱気になろうが、

いっぺんやってみなきゃわからんでしょうが。

好きになったんだからしょうがない。

やってみたいと思ってしまったんだからしょうがない。

 

そんな考えのもとに、動いてます。

 

しかも、応援してくれる人がたくさんいる。

本当にありがたいです。

 

そのおかげで、

結果がダメだったとしてもなんとかなるでしょ。

って思える自分がいます。

 

あと、もう一つ加えるなら、

僕の影響を受けた言葉のひとつに、

 

成功の反対は失敗ではない。

成功の反対は、何もしないこと。

 

というのがあります。

 

成功しなくても、それを次に活かす糧にすればいい。

だから、失敗ではないんです。

何も行動に移せず、悔やんでばかりの人生の方が、

僕にはストレスです。

 

好きになったんだからしょうがない。

 

やってみたいと思ってしまったんだからしょうがない。

 

こんな生活をあと何年続けるのか?

 

続けないといけないのか?

 

続ける意味はあるのか?

 

続けた先に幸せが待ってるのか?

 

全てがダメだった時、安定した職に就けるのか?

 

めちゃくちゃ不安があります。

 

フラフラと生きてきたこれまでの人生。

 

何も積み上げてきてません。

 

自分の武器は?

 

自分ができることで何が人の役に立てる?

 

自問自答を繰り返す毎日です。

 

そんな中で、僕の周りには

本当にありがたい事に、

同じように目標に向けて挑戦している人・戦ってる人がたくさんいます。

 

てつさん、田原のそうちゃん、ふんばってた時の松岡くん、北川さん、まどかさん、りゅうきくん、なかとさん、マーヴ、りゅうちゃん。

年上で大先輩の方。同世代。自分よりも若い世代。

 

みんなかっこいいです。

 

僕はその方々から多くを学ばさせてもらってます。

 

頑張ります。

 

ハイクオリティーブランドディレクター。フリーター生川の今後はどうなることやら・・・。

 

最高のシャツ、作ります。

 

 

 

どうすれば自分が誰かのためになれるのか。

sasaeai→ http://testa.ti-da.net/d2010-07-20.html

 

 

 

どうすれば自分が誰かのためになれるのか。

 

そんな事を考えた事ってありますか?

 

いまやってることは、

誰かの為、役に立てれてますか?

 

 

もし僕が問われたならば、

僕の答えはNOなんですよね。

 

みなさんはいかがでしょうか。

 

会社の一部。歯車として役に立ってます。

とかじゃなくて、

本当 誰か人のためにっていうのが僕は理想です。

 

 

 

振り返って考えてみると・・・、

 

ファッションの販売員をしてたときなんて、

すごくやりがいがありました。

 
目の前の人(お客さん)が

僕の提案した洋服に対してめっちゃ喜んでくれて、

後日 嬉しそうに色んな報告しに

お店へ遊びにきてくれたり。

 

自分が人の役に立てた!っていう実感ができるのが早いし

お客さんからダイレクトでそれが味わえるし。

 

でも、今の僕だと、

「誰かの為、役に立てれてますか?」と問われたら、

答えはNOです。

 

YESと言えません。

 

 

だから、ずっと人生ふらふらしてきたような自分でも、

自分の持ちうるもので

誰かの役に立てれないか。

力になれないか。

 

なんて、ここ最近意識するようになりました。

 

 

きっかけ

そんなアンテナを張るようになったキッカケは、

以前、少ししんどい時期があり、それを経たのが大きいです。

 

さらに加えると、

そのしんどい時期。辛い時期に

両親をはじめ、色んな人に支えてもらったから。

 

その恩や愛情を返したいんですよね。

 

でも、それってなかなか返せるようなもんじゃなく、

直接返そうと思ったらすごく難しい。

 

 

だから、少しずつでも、

自分のできる範囲で恩返しならぬ、恩送りを。

 

Pay it forward (ペイ イット フォワード)です。

 

 

そうやって考えるようになったら自然と、

どうしたら目の前の人の力になれるかな?

って考えるようになりました。

 

 

こうやって文字にしたらかなりサブイですね(笑)

 

自分が行き着くとこまで行って、

悟りを開いたような人間のように自分で自分の事を書いてる気がする・・・。

 

そんな大したあれじゃなくて。

 

根本的な話です。

 

自分が何か人のためにできるかな?ってほんのちょっと意識してみるってだけ。

 

 

 

Instagramでも、誰かへ気持ちを届ける事ができる。

 

今回の記事はこれが本題。

 

先日、僕のInstagramのフォロワーさんが、

すごく嬉しい投稿をして下さいました。

 

 

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

 

 

先日、報告をしたところ

フォロワーの生川敏弘さん@toshi.narukawa が

お近くの神社の絵馬を送って下さいました!

ありがとうございます!

生川さん自身そうであったように、

自分が病気をしたり大事な人が病気になったりすると

人の痛みが分かる様になるんだろうな・・・。

 

生川さんにはこの曲を送ります

「男の滑走路」/Crazy Ken Band

 

現在自身のファッションブランド立ち上げを目指し奮闘中の生川さん、

皆さん応援してあげて下さい!

 

生川さん、俺が女だったら抱かれてもいいぐらい感謝してます(笑)

 

デリケートな話なんですが、

フォロワーさんで少しお身体を悪くされた方がいらっしゃって。

 

で、応援の気持ちを込めて、

神社の絵馬をお送りしました。

 

そしたらすごく喜んで下さり、

前述の記事を投稿して下さいました。

 

 

 

 

逆に元気をもらってしまいました。

 

 

 

 

絵馬に触れた時、

そのフォロワーさんの事が頭をよぎったから、

Instagram上で連絡してみて、

お送りしました。

ただそれだけなんです。僕がした事は。

 

 

本当、パズルみたいなもんなんですよね。

 

pazuru→ http://free-photos.gatag.net/tag/

 

パズルみたいなものです。

自分の持ちうる何かが困っている誰かの悩みに合致するのは。

 

ただ、間違いなく言えるのは、

こんな自分でも何か人の力になれないか。

って少し意識してみる。

 

そうしてると、意外と気付けるもんです。

それがどんな些細な事でも。

 

 

 

フォロワーさんからの嬉しいプレゼント

 

先ほど紹介した、

僕のInstagramのフォロワーさんが投稿した記事の最後にこうあります。

 

生川さんにはこの曲を送ります

「男の滑走路」/Crazy Ken Band

 

僕、クレイジーケンバンドは知ってましたが、

この「男の滑走路」って曲は存じ上げませんでした。

 

でも、一発で好きになれました。

フォロワーさんが紹介してくれたのが、

この歌の歌い出しのサビのところ。

 


Take off 今 空高く Airline 私は羽ばたく 

人の痛みがわかる男になりたい なり振り構わず生きて来たから

 

https://www.youtube.com/watch?v=dpJk3kP0_S4

 

 

良い曲と出会えました。

 

こういう出会い方をすると、

もう一生忘れることはないのだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

専門学校時代 後編

専門学校時代 後編
前編
今回は、前編で少し紹介した「ショップJ 」について書こうと思います。
お洒落で買い物上手なKAG君と仲良くなり、色々と話をしていると、
通い続けているショップがただ1軒。大阪にあるとの事。
(KAG君は大阪に5年程住んでいた過去があります。)
「ショップJ」です。
「ショップJ」は、アパレル生産に携わっていた店主さん(マスター)が個人で経営されており、
オリジナルの製品を販売。
若い人達に良いモノを伝えたい・着用してほしい。
↑との想いでなさっており、マスターが独自に持つルートで上質な生地を入手。
※ですので、良いモノというより、良い生地・良い素材と言った方が正しいかもです。
それを工場へ出して製品化したものがお店へ並ぶのですが、
その生地が本当にすごい。
シルク100%でカラーネップ混のヘリンボン生地でトラウザー
綾織りの綿シルクでシルエットゆる目のトラウザー
綾織りのあまり見ないウールナイロン地でPコート
(ポリエステルではなく、ナイロン)
ヨーロッパの糸で織られたシャンブレー生地でプルオーバーシャツ
(綿100%なのに、とても品のある生地)
などなど、他にも織柄が面白いものや、質の良いウール地でのアイテムもあります。
世間でみられるような量産はされておらず、一品番で数着しか作らないのですが、
製品1枚分しか取れない数mの生地でも、魅力ある生地ならば手に入れて製品化するそうで、
某ブランドが使用した生地の残反なども手に入ったりするのだとか。
一品番で数着しか作らないというより、生地の量が少ない為、数着しか作れないのです。
メディアへの露出はなく、知っている人だけが通うお店らしく、
そんなお店の存在は、単純に口コミで広まっているそうで、
一見さんに対しての場合は、
「あなたはどなたですが?」「どうしていらっしゃったのですか?」など、
それに近いような対応で、
マスターからやや怪しまれたりします。
何を隠そう、僕は初めて「ショップJ」へ行った時、相当怪しまれました。
TROVEのシャツにLevis684ビッグベル。
足下はADIDASのハイテクスニーカー マイクロペーサー。
頭にはチューリップハットで、アウターはモッズコート。
こんな「ショップJ」とかけ離れたコーディネートだった僕は、
初めてにも関わらず、一人でお店へ。
(KAG君と行っていれば良かったです・・・)
お店の雰囲気とミスマッチな僕を見て、
マスターに「どうしてうちにいらしたんですか?」と、すぐに尋ねられたのはいい思い出です。
その後すぐにKAG君の名前を出すと疑いは取れ、そこからお店のポリシーを伺ったりしました。
その中のマスターとのやり取りで、今でも覚えているのですが、
ハンガーに掛かっていた1枚のシャツを指して、
マスター「このシャツを見てどう思いますか?」
僕「わからないです・・・」
マスター「ね?わからないでしょ?このシャツはね、
綿シルクで表情がしなやかなんですよ。うちのお客様は、そういった所に意識がいく方達ばかりなんです。」
こんなやり取りがありました。
これは本当に恥ずかしかったですね。自分の無知っぷりが(笑)
曲がりなりにも販売員も経験してましたし。
お陰で、素材・生地に対して何にも意識してこなかった僕も、
良い素材・良い生地というのをほんのちょっとだけ意識するようになり、わかるようになった気がします。
マスターのこだわりをまとめると、
素材は天然素材が原則(ウール・シルク・綿)
付属も天然素材(貝・水牛の角)
若い子達に良い生地・良い素材を身に着けてもらいたい。知ってもらいたい。
取り寄せるのは、ヨーロッパの生地が主
魅力ある面白い生地なら、化学繊維が混紡でもOK!
1着分でも製品が作れるなら、数mでも生地を手に入れる
繊細な生地でできた服を着倒してもらえるよう、少しでも安く
↑などなどです。
最後にもう一つ。
肝心の価格はというと、シャツが¥7,000– パンツが¥11,000– 
テーラードJKが¥20,000– シルク100%のニットが¥7,000– 
といったプライスゾーンで、本当に安いです。
ドメスのブランドが同じ素材で商品を出したら、恐らく上記の2.5倍〜3倍程の価格になると思いますし、
海外のブランドだったら、もっと高くなります。
上質で繊細な生地は、高い服だと扱いに注意が必要だけど、
そうではなく低価格で出す事で、あまり意識せずに着用して、ボロボロになったらまた買いに来てほしい。
その時、同じ生地の物はお店に並んでいないと思うけど、パターン(型紙)は同じだから、近いものは必ずあるし、
パターンが同じだからこそ、何年も前に「ショップJ」で購入したアイテムでも、昨日買ったアイテムでも組み合わせて着てもらえるようにしている。
by ショップJのマスター
お洒落KAG君が今なお通っているのも納得ですし、
大阪の「ショップJ」の魅力には、僕も虜になりました。
KAG君やJのマスターと出会い、僕はヒッピーファッションを卒業し、
服装がやや大人な雰囲気になり、また一つファッションを好きになりました。
ストリート系で学んだファッションの自由さを基盤に、
古着で学んだそれぞれのアイテムの雰囲気を意識しながら、
コーディネートを組み立て、良いアイテムを身につける。
専門学校入学時と卒業時でファッションスタイルが大きく変わり、今に至ります。
ブログを書きながら、他にも補足的に書きたい事を思い出してきたので、少しずつでも更新したいと思います。
Facebookのページ 用意しました。
https://www.facebook.com/pape775

専門学校時代 前編

専門学校時代  前編
定時制の高校を卒業した僕は、県外にある3年制の専門学校へ進学しました。
服飾学科です。
同級生は3歳年下でしたが、唯一、一人だけ僕よりも年上がいました。
名はKAG君。
KAG君は知識も豊富で、お洒落。
そして彼の一番の特長は、良い物を安く手に入れる能力に長けている事でした。
Dries Van Notenや
Maison MartinMargiela、Marc Jacobs(のファーストライン)等の
ハイブランドをオークションなんかで格安に購入したり、
リサイクルショップで質の良いニットアイテムを500円くらいで。
シルクのハンドメイドスカーフを200円前後。
生地が上質で、仕立ての良いメンズアウターを1200円前後で入手したりと、訊いて驚く事ばかりでした。
彼は服が大好きで、ファッションを楽しんでいましたし、
前述しましたように、目利きする能力が非常に魅力ある人物でした。
良いモノというのをKAG君から勉強させてもらい、
僕もKAG君同様、目利きして掘り出しものを見つけ出して買い物をするようになりました。
KAG君もかなり利用しているのですが、
オークションやリサイクルショップ以外で掘り出し物を見つけられるのがアウトレットモール。
KAG君との出会いで、僕もアウトレットへ足を運ぶ回数が多くなりました。
(掘り出し物を探すにあたり、僕はアウトレットの利用が殆どです。)
8万円台のもの(ウール×カシミアのコート)を1万円台で購入したり、
7万円台のもの(スコットランドウールのコート)を7千円程で購入したり。
他にも3万円のシルク地のスラックスを7千円で購入したりもしました。
本当に色々なアイテムを掘り出しました。
好きなブランドがあったし、古着も着用するようになっていたにしろ、
それまでの僕の買い物方法は、ブランドで物を選んでいた面が間違いなくあったので、
こういった買い物の仕方は新鮮で、衝撃的でもありました。
実際、良いモノを安く手に入れているので、
かなり得をしている気になりますし、今では高い製品を簡単に購入しなくなりました。
(ケチになってしまったような気もします・・・笑)
結果、ドメスストリート+ナチュラルテイスト+ヒッピーテイストだった僕は、
シャツを多用したスタイリングが増えました。
それは何故か。
メンズファッションで良いモノ(良い素材・良い仕立てなど)となると、
やはりメンズファッションのピラミッドの錐に位置するテーラー関係の紳士服が多く、
そういったアイテムをコーディネートに組み込んでいくと、
自然と(必然と?)トップスにシャツを持ってくる事が多くなってきたからです。
もちろん、良いモノ=テーラー関係とは一概に言い切れません。
あくまでも、僕が購入してきたアイテムはそういった傾向にあったからです。
(ウールのコートやカシミアのマフラー、ウール×カシミア×アンゴラ地のスラックスなど)
シャツの着用率が増えた事により、服装が大人になり、
スニーカーでハズすスタイルが大好きでしたので、
シャツ+スラックス+スニーカー
シャツ+ルーズなパンツ+スニーカー
シャツ&シャツの上にルーズなニット+細身のパンツ+スニーカー
こういった服装をする機会が多くなりました。
良いモノを相応の高い値段で入手している訳ではないので、
“手入れをしっかりと しなきゃいけない!”と義務感に狩られる事がないのも利点の一つです。
好きなドメスブランドがあり、古着も好きになり、スニーカーもたくさん所有し、
何より、センスの有無関係なく、ファッションが好きで、本当に楽しめるようになりました。
しょっぱい我流のストリートファッションから、前述のような今のファッションスタイルになるまで、10年弱。
かなり遠回りでしたが、ショップTさん・南さん(仮名)・KATさん・KASさん・KAG君・ショップJのマスター(次のブログで紹介します。)達との出会いで、
僕のファッション史は大きく書き替えられてきました。
専門学校時代にはKAG君との出会い、仲良くなり、色々と教えてもらい、
KAG君のおすすめのショップとして「ショップJ」を紹介してもらいました。
後編へつづきます
Facebookのページ 用意しました。
https://www.facebook.com/pape775

高校時代 後編3

高校時代 後編3
前編
後編1
後編2
後編3です。
後編3では、職人見習いを辞めて販売員をしながら定時制の高校へ通っていた頃の僕の服装史です。
ドメスブランドに溺れていた僕は職が替わり、
地方のショッピングセンター内にあるショップで販売員をしていました。
取り扱いブランドは固定ではなく、
Ralph Lauren STUSSY patagonia MONCLER
SPIWAK X-LARGE TRUE RELIGION Abercrombie&Fitch
などを扱っていて、他にも色々なブランドを置いてました。
並行輸入商社の直営ショップで、
本社のバイヤーがその時その時で取り扱いブランド・アイテムを各店舗に振り分けていたので、
ショップ側の僕たちには決定権はありませんでしたが、
プレミアムブランドブームなどの流れを汲んで、ブランド編成していた時期です。
当時はプレミアムジーンズや、高級ダウンジャケットなんかが流行ってましたし、
STUSSYが25周年で、25周年記念Tシャツが店頭に並んでいたのも印象深いです。
加えて、そのショップは地元ではスニーカーショップとしての認識が強いくらいのショップで、
NIKE ADIDAS PUMA を主として、
SPRING COURT NEW BALANCE CONVERSE PRO-KEDS
などがたまに入荷していました。
冬になると
RED WING CLARKS 
のブーツ類で売上げを作っていました。
そんなショップに勤め出し、
自店舗・別店舗に勤めるお洒落なスタッフKASさん・KATさんと出会います。
スタッフKASさんはストリート系ファッションで、
自分に似合うアイテムを理解していらしたので、雰囲気込みでとてもお洒落な方でした。
落ち着いた色使いで組み立てたコーディネートの足下に、
派手なカラーリングのスニーカーを持ってくるスタイルの格好良さを教えてくれました。
スタッフKATさんは古着系で、古着界の流行を汲み取るファッションの方でした。
僕と出会った当時のKATさんは70’sスタイルで、その後、古着の80’sスタイルなんかに移っていったと思います。
高校時代の後編2で少し書きましたが、
このスタッフKATさんとの出会いがキッカケで、僕は古着に興味を持ち始めます。
LEVISのヴィンテージ復刻モデルで”ヴィンテージ”という世界を知ってはいたものの、
実際にヴィンテージアイテムを始めるなど、古着というものに手を出していなかった僕は、
ドメスストリート系に”ゆるさ”を取り入れ出した頃でした。
当時のKATさんは70’s古着スタイル。
そう。KATさんはヒッピーファッションだったんです。
パンツは、LEVIS684ベルボトムやノーブランドのコーデュロイビッグベル。
トップスはポリシャツやスウェードジャケット。
頭にはチューリップハット。
「ゆるい雰囲気でお洒落。」
それが第一印象でした。
(もちろん、KAGさんの人柄が醸し出す雰囲気にマッチしていたのも大きなポイントでした。)
全身古着でレトロに。
かつ当時の年代の雰囲気をすごくお洒落にまとめてらっしゃるのに、
足下はハイテクスニーカー。
いわゆるハズしテクニックです。
衝撃が走りました。
(前述のKASさんにももちろん衝撃が走ったんですが、
KASさんは人柄を知れば知る程、本当にお洒落な方だなと思わせるタイプで、
初見でのインパクトではKATさんが強かったです。)
すぐにKATさんに行きつけの古着屋を教えてもらい、迷わずリーバイス684を購入。
トップスはドメスブランドをタイトなサイジングで着用し、パンツはベルボトム。
他にもスウェードジャケットにパイル地のポロシャツやジャガード織のポロシャツなんかも買って、もちろん頭にはチューリップハット(笑)
僕はKATさんの背中を追いかけていました。
そうして古着の世界に足を入れると同時に、ファッションと強くリンクした音楽でも、
本当に浅くではありますが、70’sを中心に昔のアーティストを聴くようになりました。
(ジャニスにジミヘン、ビーチボーイズにグレイトフルデッド。
70年代頃のマイルスデイビスにハービーハンコックなんかも聴いてました。)
裏原系崩れの海外ストリートブランドスタイルから、ドメスストリート。
そこから”ゆるい”テイストを加えたストリート系に移り、
ちょっと古着もかじり出した頃、ある2つのドメスブランドに出会います。
ブランド名は”mean”と”TROVE”
どちらもショップYが、立ち上げしてすぐのシーズンから各ブランドを取り扱い出した事で出会えました。
mean
「意味する」の意を持つmean(ミーン)
2005年にスタートし、旅や自然や音楽から得た物をデザイナーの観点で融合したナチュラルウエア・アクセサリーを提案。
出会った当時のシーズンコンセプトは確か、
アコースティックギターを持ってもサーフボードを持っても似合うスタイルの提案
だったような気がします。
TROVE
(現在はやや変更点があるかもしれないのですが、こちらでは当時のコンセプトを記載します。)
”NEWTROSPECTIVE” (new + retrospective)
”ニュートロスペクティブ”をコンセプトに
現代から見た”レトロ、アンティーク、ビンテージ”を考察。
年代別にテーラードを紐解き、アンティークを目指す洋服。
年代別にディティールと時代背景を紐解き、ヴィンテージを目指す洋服。
2種類のベクトルを柱に
残してゆくべき先人の遺産を現代的視点で再構築し
アンティーク、ヴィンテージとなりうる服作りを目指す。
出会った当時のシーズンコンセプトは確か「ミニマムヒッピー」で、
アンティーク・ヴィンテージなどをキーワードに、
“タイダイ染め”や”ピースマーク”を使用せずにヒッピーテイストを表現したアイテムを展開。
このようなコンセプトでの展開だった気がします。
ちなみに、
現在のmeanはナチュラルテイストなブランド。
現在のTROVEは中性的なテイストのブランド。
そんな印象です。
もう一度記載しますが、
裏原系崩れの海外ストリートブランドスタイルから、ドメスストリート。
そこから”ゆるい”テイストを加えたストリート系に移り、
ちょっと古着(70’s)もかじり出した頃でしたので、
前述の2ブランドの打ち出すテイストが当時の僕にはドンピシャで、すぐに虜になりました。
ドメスストリート+ナチュラルテイスト+ヒッピーテイストが当時の僕のスタイルだったと思います。
サイジングはジャスト目。
色使いは多色使いな日もしばしば。
(ターコイズブルーのカーディガン+黄色のTシャツ+紫のコーデュロイパンツ+赤いスニーカー+チューリップハット こんなコーディネートの組み立て方もしてました。)
この頃、今思えば「ファッション」を楽しめるようになってきていました。
それは、
裏原崩れのストリート系で、高い服を購入し出した頃はブランドだけで買い物していたり、
非常に無難なアイテムを優先的にワードローブに加えていましたが、
それに加えて “そのアイテムの面白さ” “他の人との差別化” を意識し出し、
コーディネートの組み立てを考えて行うようになってきていたからだと考えます。
そんな中、販売員をしながら定時制の夜間高校を卒業した僕は進学します。
そこでまた様々なものに影響されて、
ファッションに対する考えや服装が変わってくるので、
専門学校時代編として更新して参りたいと思います。
Facebookのページ 用意しました。
https://www.facebook.com/pape775

高校時代 後編2

高校時代 後編2
前編(http://mtatkk.com/blog-entry-13010.html)

後編1(http://mtatkk.com/blog-entry-13011.html)に続いて、後編2です。

 

後編1では、

全日制の高校を中退

↓ ↓ ↓

その場繋ぎのバイト

↓ ↓ ↓

1年職人見習い(仕事のみを1年)

↓ ↓ ↓

職人見習いをしながら定時制夜間高校へ通う

 

 

↑と紹介しましたが、結局は

「その場繋ぎのバイト」〜「職人見習いで、仕事のみしていた1年」のあたりの話でした。

 

今回は、その後の過去語りです。

ショップYへ通うに連れ、ドメスティックブランドへの抵抗が薄れていった僕。

自分の中で、インポートのストリートブランドを絶対的な位置に据えていたのですが、

Yで扱っていたブランドが

SIFURY ATMOS LITH TOKYO SANDINISTA
alias AMBIVALENT ACQUIESCE BANSHEE
UBIQ TAS CLAE TYUFRY

 

↑等で、当時はSIFURYのフェイスTシャツ・UBIQのFATIMA(スニーカー)
・TASのmania(スニーカー)などが、雑誌で紹介されていて、

 

ミーハー精神丸出しだった僕は、例に漏れずドメスブランドへも手を出していきました。

mania

FATIMA
「俺は雑誌に掲載されてるストリートブランドを着用しとるんや!」

そうやって、自分のファッションが他人とは違い、

こだわりのあるものだと錯覚していました。

 

恥ずかしく、そして間違った驕り(おごり)の出方です。

服に着られているというのは、ああいう事だったなと、痛感します(笑)

 

そしてこの頃、ショップYのすぐ近くにショップRが誕生します。

ショップRもドメスブランドのセレクトショップで、取り扱いブランドが

bal NARCOTIC(すぐ後にRAW FUDGE) NEXUS7
M.W.O.B.H.M COMPLETE FINESS SASQUATCHfabrix.(かなり初期)

↑などで、しばらくしてglambやVictimも扱います。

このショップRの登場で、ほぼ毎週ショップYとショップRのはしごをしてました。

全身ガチガチのドメスストリート系。

サイズ感はオーバーサイズ。

(同じブランドでも、当時のMサイズと現在のMサイズの大きさを比較したら大分違い、昔はかなり大きめになっていたと思います。)

 

当時のストリート系での流行りがモロに出てました(笑)

しかも中学時代に格好だけのややヤンキーっぽい服装だった為、そもそものサイズ感がデカい!

サイジングのセンス0(ゼロ)でした・・・。

 

ショップY・ショップRを往復するうちに、タンスの中が

SIFURY Shapel BANSHEE Victim glamb
SASQUACTHfabrix. DISCOVERD rehacer SANDINISTA

などで溢れ、

もちろん、FUTURAやSNAFUもしっかりとワードローブの一部として、どっしりと構えておりました。

他にも、AG(ドメスの方の)やSINDEEなんかもちょろっと買ってました。

そんなファッションライフを、ダサいながらも楽しんでいた僕の中で変化が起こり始めます。

ショップYのスタッフ、西さんのスタイル・センスに憧れを抱きます。

この西さんという方は、

とても優しい人柄。柔らかい雰囲気を持っていて、服装がユルい!

 

特に当時のSIFURYなんかは染色のアイテムだとかも多く、ユルいテイストでファンを掴んでいました。

 

西さんはとにかくそれらがよく似合い、

尚かつご自身の人柄にマッチしていてお手本にしたくなるのです。

※そんな西さんは当時アルバイトスタッフだったそうで、

ショップYも名前が変わったり移転をしたり、規模も拡大したりと成長していき、

今では、姉妹店4・5店で固めた郊外型ファッションビルの代表になられました。

西さんからは、色々と吸収させてもらいました。

 

「うわっ、今日の西さん めちゃくちゃお洒落!」と思った着こなし方をちょっとマネしたり、

ダサいサイジングを軌道修正してくださった事で、ややジャストめなサイジングになったり・・・。

特に西さんからはゆるいスタイルを盗みたく、また新たに別のショップGにも通うように。

ショップYへ4〜5回通うごとにショップGへ1度足を運ぶ。

そんな程度の頻度でしたが、

そのショップGではPhatee nero(音色を由来として”ねいろ”と読みます)

accha two pieace THCなどを購入してました。

 

裏原系に憧れてストリート系ファッションだった僕でしたが、

コーディネートの中に、一部をさりげなくタイダイ染めしたアイテムや、

やや民族テイストなアイテムを取り入れ、ゆるい雰囲気のアイテムをコーディネートに組み込んでいました。

西さんはゆるい服の着方(ゆるい雰囲気のコーディネートの組み立て方?)をなさってたのですが、
僕はアイテム自体がゆるい印象のものを着用し、ストリート系の中に落とし込もうとしていました。

(西さんは、ゆるい雰囲気への服の着崩し方が非常に上手だったのだと考えます。)

 

このあたりから、わからずながらコーディネートの組み立て方を考えるようになっていきました。
(今現在もよくわからないままその日の服を選んでますが  笑)

 

そうしている内に裏原ブームも落ち着きだし、当時は色んなテイストのドメスブランド出始め・目立ち、

メンズファッションがさらに細分化していったイメージがあります。

FAT MofM FACTOTUM UNUSED F.O.B FACTORY
anachronorm MASH macknight WACKO MARIA
JOHNLAWRENCESULLIVAN TMT nonnative TROVE mean

記憶が全く定かじゃないので申し訳ないのですが、当時目に入っていた(気がする)ブランドです。

 

他にももっとあるはずです・・・!

 

ユニクロのフリースが大流行したり、

リーバイスからリッキー・コフによる立体デニムが出たり、

スラブデニムが流行ったり、

TMTのアメカジがキムタク着用で流行ったり、

ナンバーナインのグランジ系がキムタク着用で流行ったり、

APEの革ダウンジャケットがキムタク着用で流行ったり、

サルエルパンツが流行ったり、

フラボアやズッカが流行ったり、

雑誌ChokiChokiのお洒落なキング達の服装が注目を集めたり、

(当時は奈良氏がすごく、本当にキング奈良状態でした。)

balがすごい流行ったり、

NEXUS7が逆輸入での展開で話題になったり、

テーラードジャケットが流行ったり、

エイプリル77やヌーディー等のスキニーが流行ったり、

お兄系が流行ったり、

ロエンが流行ったり、

時間軸がわからないですが、メンズファッションシーン内では僕が経験しただけでも色々ありました。

当時の僕の愛読雑誌はBOON SMART ChokiChokiだとかです。

やはり、ストリート系を主としている感が強いです(笑)

ごくたまにMEN’S NON-NOには立ち読みで目を通していましたが、

コレクションを楽しめる専門の雑誌 gap などまでは手を出してませんし、

その存在すら知りません。

 

あくまでも、当時の僕はストリート系を軸としたファッション概念を持っていたのだと思います。

 

さて、ストリート系ファッションの中に”ゆるいテイスト”を取り入れていた僕は、

次に古着にも興味を持ち始めます。

興味を持ち始めるのですが、今回の記事も長くなってしまったので、後編3へ続きます・・・。

 

 

 

ファッションが好きで、気付けば品質の高い洋服に触れる機会が多くなり、

結果、行き着いたところは、

「上質で心地の良い生地をみんなに伝えたい。」という気持ち。

そこで、良品質なオリジナルのシャツを企画し、

興味のある方に届けようと こつこつ取り組んでおります。

その取り組みの動向をまとめた

ブログ内カテゴリー【オリジナルのシャツに向けて】

→ http://mtatkk.com/blog-entry-category/blog-category-39

僕の上質なシャツを届けたい気持ちが伝われば嬉しいです。

 

【質問等で、僕とコンタクトを取りたいという方。】

 

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簡単に話題を紹介してます。

高校時代 後編1

高校時代 後編1
前編(http://mtatkk.com/blog-entry-13010.html)では、

中学から高校へ上がってすぐの話をご紹介しました。

 

今回はその後の話で、

全日制の高校を中退

↓ ↓ ↓

その場繋ぎのバイト

↓ ↓ ↓

1年職人見習い(仕事のみを1年)

↓ ↓ ↓

職人見習いをしながら定時制夜間高校へ通う

このあたりを記述しようと思います。

 

近所にある海外買い付けのショップTの影響で、

インポートのストリートブランドに目覚めた僕は、

もっと手に入れる事はできないのかと考えます。

 

そうして、

地域密着型のファッション雑誌(スパイマスターという、東海地方で展開する雑誌です)で、

好みのショップを探しました。

その結果、地元から少し離れたやや都市部に、

「FUTURA SSUR SNAFU」を取り扱うショップを見つけ出しました。
(ショップ名をYとします。)

そこは地方の路線で3駅程離れた場所でした。

もちろん行動圏内でしたので、バイト代を握り締めた僕は、すぐに行きました。

人生で初めてでした。

「セレクトショップ入店」

※地元の海外買い付けのセレクトショップTは、

非常にアットホームな雰囲気で中学生・高校生だった頃の僕でも入店し易かったんです。

今思い返すと、すごい緊張しました(笑)

 

加えて、

「”うわっ。ダサい奴が来た。”と、なめられないようにしよう。」

だとか考えてました。

まぁ、すごいダサい服装で行ったんですが・・・。

初めての買い物では、

SNAFUの厚手パーカ

SSURのスウェットパーカ

FUTURAのボアブルゾン

SANDINISTAのアウター

↑ を購入。

支払額が¥77,700-だったのを今でも覚えてます。

あの時はすごく嬉しかったですね。

憧れのブランドが目の前にあり、

しかもセール時期だったので10万円以上分を前述の値段で購入できたりでと、

「買い物で幸せになる」というのを経験できました。

しかし、そこのショップYはインポートのストリートブランドの取り扱いを徐々に少なくし、

ドメスティックブランドに主を置いていく変遷期との事。

そうなんです。

この時、日本のストリートシーンは”裏原ブーム”を基盤とし、さまざまな国内ストリートブランドが誕生。

ブレイクしていました。

 

ブランド名を並べると

SIFURY NARCOTIC BALANCE WEAR DESIGN
SWAGGER FAMOUZ HECTIC MASTER-PIEACE
RECON SUBWEAR MOTIVE ATOMS UBIQ TAS NEXUS7 whiz Rebirth

確かこういったブランド達がストリートファッションの活気を底上げしている印象でした。

 

 

三大都市の一つ、名古屋へ電車で40分程で足を運べる所に実家があったので、

今度は名古屋でインポートのストリートブランドを購入するようになります。

ブランドの追っかけですね(笑)

Yで買った服を着て名古屋のストリート系セレクトショップへ。

名古屋で購入したアイテムを着用してYへ。

取り扱いのパーセンテージが減少したものの、

YではまだFUTURAが購入できたので、通い続けていました。

そうしていくうちに、僕も徐々にドメスティックブランドに染まり始めます。

長くなってしまったので、後編2へつづきます!

 

 

 

 

 

 

ファッションが好きで、気付けば品質の高い洋服に触れる機会が多くなり、

結果、行き着いたところは、

「上質で心地の良い生地をみんなに伝えたい。」という気持ち。

そこで、良品質なオリジナルのシャツを企画し、

興味のある方に届けようと こつこつ取り組んでおります。

その取り組みの動向をまとめた

ブログ内カテゴリー【オリジナルのシャツに向けて】

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簡単に話題を紹介してます。

高校時代 前編

高校時代

僕の高校時代は長い。

一般的に高校生活は3年ですが、僕は4年半ほどの高校生活を送りました。

中学卒業後、もちろん進学しました。

しかし、そこで半年しかもたず中退。

その後、職人見習いとして一年働いたところで、

親方が定時制夜間高校の通学(4年制)を勧めてくれました。

結果、2年次に職が替わったりしましたが、無事卒業。

 

今日の自分に大きく繋がってきます。

 

親方。

僕を根気強く通学させてくださって、本当にありがとうございました。

 

 

話が少し逸れていきそうなのですが、僕の高校時代は4年半。(空白の1年を足すと5年半)

その4年半の当時の僕のファッションを綴りたいと思います。

中学時代の記事で書いたように、僕はとんでもなくダサい服装でした。

中学から高校に上がり、着用ブランドは

LEVI’S(主にボトムス)、STUSSY、X-LARGE、Timberland、GAP、NAUTICA、SSUR

このようなラインナップでした。
当時、ストリート系雑誌で掲載されているブランドで、

自分の中でSTUSSYよりもう一つ手が届かないブランド「X-LARGE」をワードローブに加える事に成功。

 

X-LARGEもSTUSSY同様に、サブカルチャーとリンクしたインポートストリートブランド。

元々、STUSSYはサーフ。

X-LARGEは詳しく知りませんが、音楽等を中心にストリートカルチャーと結びついてる印象。

それはもう着倒しておりました(笑)

他にも何か着てたような気がしますが、忘れました・・・。

で、16歳で気付くのです。

「俺、インポートのストリートブランドが好きや!」と。

前述したブランドに挙げたSSUR(”サー”と読みます。)も例に漏れずインポートのブランド。

ロシア出身のアーティストが展開するN.Y.のストリートブランドです。

天才芸術家ピカソの作品”ゲルニカ”を刺繍で落とし込んだパーカ、欲しかったなぁ。

このSSURという珍しい(?)ブランド、

当時16歳だった僕が何故出会えたのか。何故ワードローブに取り入れられたのか。

 

それは、近所に個人で経営されている海外買い付けのセレクトショップが存在したからです。
(※ショップTとします。)

 

そのショップTへは、中学時代から何度か足を運び、購入する事が少しだけありました。

そして次第に、購入頻度が16歳頃から増していったと記憶します。

取り扱いブランドは

 

Ralph Lauren RRL RLX SWM(ドメスブランド)
BANANAREPUBLIC A/X patagonia

などで、気に入ったものがあれば、たまにストリートブランドも買い付けてくるというスタイル。

 

そちらで見掛け、購入。

確か、ブランド名の由来(デザイナーのニックネーム”RUSS”を逆さにしたのが由来)と、

「海外のストリートブランドだから」というのが僕を突き動かし、購入理由に至った気がします。

では何故、”海外の”ストリートブランドが好きになったのか。

 

理想は裏原系ブランド

↓ ↓ ↓

高いし、入手できない
↓ ↓ ↓

STUSSY X-LARGEは手に入る

↓ ↓ ↓

SSURなんかも手に入った

↓ ↓ ↓

共通点がインポートのストリート

↓ ↓ ↓

ストリート系の雑誌をよく読んでみたら、裏原系ブランド(特にSUPREME)なんかともコラボしてる

↓ ↓ ↓

インポート(海外)のストリートブランドへの強い憧れ

↓ ↓ ↓

「俺、インポートのストリートブランドが好きや!」

 

こういう事です(笑)

 

そんな時期に、調べてみると色々わかった事・新たに知ったブランドがあり、

UNION STUSSY SUPREME SSUR SNAFU FUTURA

主にこういったストリートブランドに強く惹かれました。

(SUPREMEだけは、当時手に入れられなかったです・・・。)

少し説明すると、アメリカにUNIONというストリート系のショップがあります。

そこのオリジナルブランドが同名でUNION

そこの取り扱いブランドがSTUSSY SUPREME SSUR SNAFU FUTURA で、

それぞれでコラボしてたりします。

 

裏原ブランド欲しいなぁ

↓ ↓ ↓

SUPREMEええなぁ

↓ ↓ ↓

ん?SUPREMEって、海外のストリートブランドなんや

↓ ↓ ↓

調べてみたら、他にも似たようなブランドがある!

↓ ↓ ↓

しかもグラフィティのアーティストがやってたりする!

SUPREMEともコラボしてる! = SUPREMEばりのブランド!

↓ ↓ ↓

どうやら、世間ではそこまで注目を浴びてないみたい・・・

↓ ↓ ↓

マイナーやから、他人(ひと)とかぶらない!

↓ ↓ ↓

インポート(海外)のストリートブランド=かっこいい

↓ ↓ ↓

「俺、インポートのストリートブランドが好きや!」

 

 

以上、海外の”ストリートブランドが好きになった経緯 其の2でした。

 

 

僕のファッション人生において、

近所にあった「海外買い付けのセレクトショップTさん」の存在はかなり大きいです。

それが今後へ繋がっていくのですが、それは次回の記事で・・・・

 

 

 

 

ファッションが好きで、気付けば品質の高い洋服に触れる機会が多くなり、

結果、行き着いたところは、

「上質で心地の良い生地をみんなに伝えたい。」という気持ち。

そこで、良品質なオリジナルのシャツを企画し、

興味のある方に届けようと こつこつ取り組んでおります。

その取り組みの動向をまとめた

ブログ内カテゴリー【オリジナルのシャツに向けて】

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簡単に話題を紹介してます。

中学時代

中学時代
僕が中学時代、裏原ブームだった。

裏原ブームとは、裏原宿 つまり原宿の裏手の通りを発信源としたストリート系ファッション。

藤原ヒロシという大きな存在のもと、

APEのNIGO。UNDER COVERの髙橋盾(ジョニオ)らが裏原旋風を起こし、

タキシンのNEIGHBORHOOD、スケシンのGOOD ENOUGHなんかも軸のひとつでした。

その他、宮下貴裕のNUMBER(N)INEにARATAのREVOLBER。

遠藤憲昭のDEVILOCK。

ヒカルのBOUNTY×HUNTER。

STUSSYにSUPREME。

SILAS SOPHNET. GDC Wtaps

↑だとかが、当時のストリート雑誌に名を連ねていました。

(時間軸がおかしいものもあるかもしれません。)

 

裏原ファッションに憧れを抱いていたそんな中、

僕を含めたツレ周りでは、ボトムは専らLEVI’Sのヴィンテージ復刻シリーズがブームでした。

裏原ブームの前には、アメカジブーム&古着ブーム&ヴィンテージブームなんかがあり、(線引きがわからない・・・)

当時の日本のメンズファッションシーンはスケボーやサーフにアウトドア、

それに音楽など、海外の色んなサブカルチャーと結びついたファッションを経験。
(パンクの流れもあったし、モード系なんかもありました。)

 

結果、自己表現だとか理由は様々だとは思いますが、

そういったスタイルを見てきた当時の若い世代が発信する裏原ファッションブームが起きた。

 

という印象があります。

 

脱線してすみません。

で、LEVI’Sの話。

アメカジブームの余韻も少しはあった気がする中学時代に、

LEVI’Sから大戦モデルや201(No.2デニム)に、縫製仕様のかなり古い125などが復刻されていて、

「あいつがあれを買ったから俺はこれ。」

「俺は断固大戦モデル!」

「値段的に502XXかなぁ。」

なんて風潮でした。

なのでみんなして

「赤耳」

「バナナイエロー」

「月桂樹」

「ペンキのアーキュエイト」

「ボタンフライ」

 

などの単語を頭に詰め込んでいた覚えがあります。

ボトムはLEVI’S。

トップスは、近所のジャスコで買った”自分の中では”カッコ良さげな

よくわからんロゴのTシャツやパーカだとかを着てました。

他にもサーフ系のPIKOにDA HUIやTOWN&COUNTRYも着てたなぁ。

 

姉がややヤンキーだったので、

当時ヤンキー(ギャル男)の間で流行っていたであろう服装が、

自分の中では身近で現実味のあるお洒落でした。
(姉の愛読雑誌はegg&Men’s egg)

自分的に、PUMAのセットアップジャージだとかも輝いてました。

っていうか着てたし(笑)

でも、そこはやっぱり裏原ブーム。

理想はそこなんです!

なので、近所のショッピングセンターで買ったSTUSSYには本当にお世話になりました。

STUSSYは当時のストリート系雑誌にも載ってたし、背伸びして背伸びして届くような感覚。

STUSSYは、僕ら世代が一度は通る絶対的ブランド。
(今でもTシャツが欲しくなったりします。)

 

他には、FUBU  JOKER  DOG TOWN  Timberlandも着用。

今こうやって書き出すと非常に恥ずかしいですが、

上下ジャージのヤンキー系

(当時の)ギャル男要素満載のサーフ系

(当時の)音楽がリンクしたHIP HOP系

憧れの裏原ストリート系

が混在してますね。

ボトムはずっとLEVI’S。

そんな中学時代でした。

 

 

 

 

ファッションが好きで、気付けば品質の高い洋服に触れる機会が多くなり、

結果、行き着いたところは、

「上質で心地の良い生地をみんなに伝えたい。」という気持ち。

そこで、良品質なオリジナルのシャツを企画し、

興味のある方に届けようと こつこつ取り組んでおります。

その取り組みの動向をまとめた

ブログ内カテゴリー【オリジナルのシャツに向けて】

→ http://mtatkk.com/blog-entry-category/blog-category-39

僕の上質なシャツを届けたい気持ちが伝われば嬉しいです。

 

【質問等で、僕とコンタクトを取りたいという方。】

 

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