三重県民の心のホットライン!近鉄(近畿日本鉄道)って?

   

→ https://ja.wikipedia.org/wiki/近畿日本鉄道
 

三重県で電車といえば、↑これです。

 

鉄道。


それは、僕たちを目的地へ連れていってくれる夢の乗り物なのかもしれません。


普段の生活に必要不可欠な公共交通手段。

全国的にはJRが一般的なのかもしれませんが、三重県では近鉄が神なのです。

 

 

僕の地元。三重県四日市の川越富洲原駅にて。
 

やっぱり実家はいい・・・。

最高に幸せな気分。

完全に心の栄養補給状態に入っている生川(ナルカワ)です。

 

 

いま僕は、大事な用事があるため地元の四日市に帰ってきております。

 

いま住んでる岡山から三重へ。移動は主に新幹線。

 


 

いま住んでる岡山から三重県へのシンプルな移動手段は、岡山から名古屋へ新幹線。

名古屋から三重(四日市とか桑名、鈴鹿)へは、私鉄の近畿日本鉄道を利用します。

 

いや、近畿日本鉄道というより、近鉄と言った方が伝わりやすいかもしれません。

 

三重県民が愛してやまない近鉄って?

 

↑近鉄の路線図:https://ja.wikipedia.org/wiki/近鉄
 

WE LOVE 近鉄 !!!  

近鉄とは

近畿日本鉄道株式会社(きんきにっぽんてつどう)は、大阪府・奈良県・京都府・三重県・愛知県の2府3県に跨る営業路線網を持つ大手私鉄である。

JRグループをのぞく日本の鉄道事業者(民営鉄道)の中では最長の路線網を持つ。

近鉄グループホールディングスの子会社である。

一般的には略して近鉄(きんてつ)と呼ばれている。

 

大阪府・奈良県・京都府・三重県・愛知県の2府3県に跨る営業路線網を持つ大手私鉄である。


↑と、ありますが、正直、四日市生まれの僕には、他府県民の近鉄に対する思いは分かり兼ねます。

 

しかし、これだけは言えます。

 

LOVE KIN⭐️TETSU !!!!
 

三重県民(特に四日市市民&北勢エリアの人たち)は、近鉄を愛してます!!!

 

理由は簡単。

自分たちの住んでるところでは、近鉄無くして住んでられないから。

 

赤と白のカラーリングが最高!!これぞ普通電車!!
https://ja.wikipedia.org/wiki/近畿日本鉄道
 

我々にとって、電車 = 近鉄 なのです。

 

あぁ、これね!山の方へ繋がってる黄色いやつね!的な北勢線。
https://ja.wikipedia.org/wiki/近畿日本鉄道
 

 

小さい頃、電車といえば、近鉄が全てでした。

 

もちろん、応援している球団は近鉄バファローズ。本当は中日ファンが多い。

 

他県在住の三重県民は、これを見ると安心します。

 

岡山から実家へ帰るまでの間に、僕は名古屋駅に着いた時点で、

あぁ、三重に帰ってきたなぁ・・・。(しみじみ)

と実感しました。

 

岡山からの新幹線車内で、乗車率の高さからしばらく自由席に座れず、体力的・精神的に疲れに疲れきった僕に「安心」というギフトを与えてくれたのはこちら。

 

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

 


 

名古屋駅の新幹線改札口を出てすぐ現れるこの案内板です。

 

 


 

この時の僕。いや、全三重県民にとって、

近鉄線と書いて、我が家と読んでも間違いではないでしょう。

 

 

と、いうことで、まとめ。

 

三重県民でなくても、三重観光へお越しの際は、近鉄を利用すると便利だったりするので覚えといて損はないと思います。

※場所によっては、JRの方が便利。

 

というより、三重観光するなら近鉄を利用しましょう。

 

三重に来といて近鉄を利用しないなんて、それは本当の三重観光じゃなーーーい!!!!!

(とか言ってみる。)

 

近鉄LOVERである、三重県民の気持ちを味わえておすすめです。

 

四日市あすなろう鉄道の、八王子線 & 内部線や、三岐鉄道の北勢線もおすすめです。

 


 

以上。三重県四日市の 富洲原出身の生川がお送りしました。

 

ではでは(^^)

 

 

The following two tabs change content below.
生川敏弘(なるかわとしひろ)
1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。

 - 日記など・その他