外壁の木の板を長持ちさせる伝統の加工技法「焼き板(焼き杉)」の指導を僕なりにお手伝い。

倉靖工務店 やまべさん(左)と代表の岡野さん(中)と僕(右)

 

 

2月25日(土)、岡山県倉敷市の工務店 倉靖工務店の代表 岡野さんにお声掛けいただき、お仕事のお手伝いに行ってきました(^^)

 

 

 

今回、倉靖工務店さんが水島工業高等学校 建築科の生徒さんへ「焼き板」という木の板の加工技法を指導するということで、そのお手伝いに。

 

そのお手伝いの内容は、焼き板の加工をしている写真・動画撮影。

 

撮影で同行させていただいて感じた、「先人たちの技術を後世へ伝えていくことの大事さ」

 

↑焼き板を外壁に用いた家屋。

 

 

この焼き板という木の板の加工は、家屋の外壁となる木の板の表面を焼くことで、防虫・防腐の効果を持たせれるもの。

 

昔ながらな日本家屋で用いられ、僕が現在住んでいる岡山県の話でいくと、有名な観光名所である倉敷美観地区で その焼き板を使った家屋を多く見られるそうです。

 

倉靖工務店代表の岡野さんが教えてくださったお話の中で、非常に興味深かったものがあるので記述します。

 

指導中の岡野さん。

 

 

岡野さんがまだ若い頃、親方のもとで大工仕事を学んでいた当時。

 

岡野さんの親方は、昔ながらな伝統的な技法を活用して家を建てる技術ある大工さんだったそうです。

 

近くで見た焼き板

 

その親方から、今回の焼き板の加工方法を学び、受け継いだ岡野さん。

親方から受け継いだ、伝統的な作り方の焼き板。

 

それがどれほど素晴らしいものなのか。

 

岡野さんは言います。

 

今は亡き俺の親方が40年~50年も前に作った焼き板は、いま加工してすぐの焼き板を隣に並べて比べてもなんら遜色がないんよ。

 

伺うと、焼き板の効果はおよそ100年持つそうです。

 

ただし、それはやはり、昔ながらな、先人たちが生み出した伝統的なやり方を用いてこその結果。

 

焼き板の作り方は色んな人達によって動画で紹介されており、Youtubeで観ることができます。

ですが、それを岡野さんに観てもらうと、

「(動画を観ながら)あー、ここはこうじゃないんよな・・・。こんなやり方じゃ、板の表面全体を隅々まできちんと焼くことができないからこのやり方は良くないな・・・。ちゃんとした人に教わったんかな、この人・・・。」

 

↑このように仰っていました。

 

僕は思いました。

 

岡野さんが受け継いできた、こういった昔ながらな技術を、きちんと次世代へ受け継いでくべきだと。

 

じゃあ、僕には何ができるか?

と、言うことで、その日撮影させていただいた動画を、Youtubeにアップ。

 

 

 

 

作り方をテロップに起こして、動画を視聴した方がその工程をわかるようにしました(^^)

 

炎がゴォーゴォーと燃え上がってます。

 

 

その日の水島工業高等学校で倉靖工務店さんのお手伝い。

指導風景の写真撮影・動画撮影。

倉靖工務店さんのブログ更新。

撮影した動画を加工。テロップを付けてYoutubeへアップ。

 

岡野さんから、バイト代を頂いちゃいました。ヤッター(^^)v

 

今、金が必要な身なので、フリーター生川にはかなり嬉しい臨時収入!

岡野さん。ありがとうございました(^^)

 

この日の指導風景を記事にした、僕が代筆した倉靖工務店さんのブログ記事はこちら↓

 

岡山県倉敷市児島の工務店『倉靖工務店』のブログ


2017/02/25:伝統的な板の加工「焼き板」の加工方法を水島工業高校の生徒さんに指導させて頂きました(^^)
→ http://kurayasu9214.blog.fc2.com/blog-entry-538.html

The following two tabs change content below.
生川敏弘(なるかわとしひろ)
1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。

ABOUTこの記事をかいた人

生川敏弘(なるかわとしひろ)

1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。