【慣れない事をするときは要注意。】水道の配管工事をしてきました。

自分のファッションブランドを始めようと準備中である身の僕が、水道管の工事をお手伝いさせて頂いたお話。

 

先日、記事をひとつ残し、友人の応援依頼を受けた僕は、現場仕事の日雇いアルバイトへ馳せ参じてまいりました。

 

ある日の朝、この記事↓を更新し、僕は水道管の工事のお手伝いに行って参りました。

 

【今日のスケジュール】日雇いのバイトに行ってきます。

 

【今日のスケジュール】日雇いのバイトに行ってきます。
→ http://mtatkk.com/blog-entry-19500.html

 

僕の仕事の内容は、水道管を通すために、およそ20mの距離を一定の深さで穴を掘るというもの。

 

体力に自信のない僕は、このお仕事を受ける前に、声をかけてくれた友人に質問しました。

め、迷惑をかけるのだけは避けたいんだ・・・。(切実)

 

 

決してハードな現場ではないよね・・・? 俺、体力ないよ?

↑と。

 

こんな腑抜けな問い掛けに対し、友人曰く、

 

試しに掘ってみたが、掘ってもらう予定の地面の土質は柔らかかった。

楽に終わると思う。

かなり簡単よー。

 

↑との事。

 

YES !!!

 

それなら僕でもお手伝いさせて頂いても問題なさそう!

と、いう事でアルバイトさせて頂くことに。

 

その日の前日はメインのバイト(夜勤)があった為、寝ずに友人の現場仕事をお手伝いする事に。

 

 

天気予報で雪の予報が出るほど寒かった岡山。

運動不足でなまった身体にムチ打ち頑張りました。

 

結果。

 

↑写真は、僕が穴を掘った箇所のほんの一部。

 

なんとか無事、20mの距離の穴掘り作業をやり遂げました。

 

友人からも、

「 生川くんって、もっと簡単にやってのけるのかと思ってたよ。 」

という 非常にありがたいお言葉も頂く事ができました。

 

 

 

ダ、ダメじゃん・・・。

 

( 実際は、迷惑をかける事なく、与えられた仕事はできました。 )

 

 

↑一通り仕事が片付いた後に一枚。(撮影許可・掲載許可を頂いてます。)

 

笑顔で写真に写ってますが、ヘロヘロでした(苦笑)

 

↑一通り仕事が片付いた後に友人と一枚。(撮影許可・掲載許可を頂いてます。)

 

水道屋さんの彼は、会社の主任。

とびきりのスマイルです。

 

↑倉敷の美味しいラーメン屋さん「月のうつわ」へ行ってきました。

 

その後、作業を優先した事で後回しにしていた遅めの昼食を済ませ、帰宅しました。

 

が、慣れない現場仕事で身体がバッキバキだったので、すぐに整骨院へ。

 

普通の治療時間(施術時間)では足りず、時間を延長して身体を診てもらい、

結果、

その日のアルバイト代の半分が治療費として飛んでいきました。

Oh my god !!!

 

なんという軟弱っぷり・・・。

 

まとめ。

 

慣れない事をやるときは、相応の覚悟が必要!!!

 

 

 

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生川敏弘(なるかわとしひろ)
1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。

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    生川敏弘(なるかわとしひろ)

    1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。