【数年前にした物作りの話】カナダ トロント在住時にトートバッグを60個ほど作りました。

【数年前にした物作りの話】カナダ トロント在住時にトートバッグを60個ほど作りました。

 

最近寒いですね。

 

バイトから家に帰るとだいたい朝の3時半。

 

寒いというより冷たい。

 

この時期に思い出すのが、カナダ トロントへ遊学してた3年前の事。

 

今回は、僕がカナダ トロント滞在時の後半に、トートバッグを手作りしてた話を。

 

完成したバッグは次の記事で紹介する事にして、今回は制作過程を紹介します。

 

過去の記事を引用しながらの記事です。

 

カナダでお世話になったみんなにお礼にと作り始めたトートバッグ。

 

 

日本への帰国が迫ってきている中で、「何か自主制作する」という目標をひとつ立てました。

こちらで手に入る資材や 使わせてもらえそうなミシン等の道具の事を考慮した上で、トートバッグを制作する事に。

画像↑は、イラストレーターで簡単に起こした仕様書です。

→ http://mtatkk.com/blog-entry-13322.html

 

 

では、制作スタート!

 

まずは生地を買いに行きます。

 

日本への帰国が迫ってきている中で考えた、「何か自主制作する」という目標。

先日、生地を買いに行ってきたので、その報告を簡単に。

トロントはなかなかの雪に見舞われ、

ダウンタウン(都市部)に近い所で撮影した写真では除雪作業の甲斐もありまだ ↑この程度ですが、

ダウンタウンから距離を置くにつれ積雪の量が増していく。

そんな一日でした。

 

 

 

↑生地屋さんの店内。

 

で、最終的に購入したのが・・・

 

 

↑購入したのがこちら。

 

アイテム完成後にスプレーでステンシルをしようと考えているんですが、

そのステンシル用の版代わりの生地が2種類。

底にたたきつける当て布1つ。

表地(メインの生地)となる生成りのツイル地。

それと肩ヒモ用のテープ。

次は裁断です!

 

生地を裁断します。

 

パターン・生地等の準備まで整っていたので、

少し前のある日、裁断+アルファを行いました。

裁断風景
(リベット手打ち器を重り替わりにしました。)

 

 

 

裁断後、生地のほつれ防止のオーバーロックをします。

 

裁断後、もう少しだけ作業を進められそうだったので、お願いしてミシンの使用許可を頂き、

予定していた生地の裁断にプラスアルファとして、

オーバーロックミシンでロックステッチを縫い代に施しました。

ロックステッチは、生地端がほつれない様にステッチにより始末するもので、

大抵の洋服の裏側に見られるはずです。

縫い代とは、布を縫い合わせる際に、縫い目から布端までの必要な余分です。

(ペーパークラフトの ”のりしろ” みたいなイメージでいいと思います。)

 

オーバーロックミシンの施行風景

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

 

こういった具合で、作業は順調に進んでいきます。

 

まだまだ準備段階。次はアイロン掛け。

 

縫い代にロック(生地の端にほつれ防止のステッチ)を施す所まで完了し、

次はいよいよ本格的な縫製に入ります。

とは言うものの、すぐに縫製には入れません。

まずは、今後の作業をスムーズに行う為、バッグの袋口にアイロン掛けをします。

 

 

例えば折り紙を折るときに、次の折る行程を円滑に行う為に折り跡を付ける事があると思うんですが、それと同じような行程です。

袋口の縫い代(縫い代:のりしろに近いイメージ。ステッチを走らせる為に必要な、生地の余白部分。)は、

1cm と 3cmの三つ折り仕様にしているので、生地端から1cmの所で一回。

さらにそこから3cm(生地端からは計4cm)のところにもアイロンで折り癖をつけます。

 

 

↑画像内にある線の入った白いものは厚紙です。

これは、三つ折りアイロンを効率よく行う為に用意したもので、3cm の幅の紙に、端から1cm の所に平行して線が入っています。

これを仮に紙定規とします。

その紙定規を裁断物の端から 1cm の位置に置き、まずは縫い代 1cm を定規上のラインに沿うようにアイロン掛けです。

しっかりと 1cm の縫い代をアイロンしたら、次はそこから 3cm 幅の縫い代をアイロンするのですが、

ここで紙定規がその能力を発揮します。

 

 

上↑の画像のように、1cm の縫い代を紙定規に引っ掛けた状態のまま、

くるっと定規と布を一緒に折り、見事 3cm 幅縫い代のアイロン掛けが完了します。

余談ですが、オーバーロックの糸調子が少々良くないです。

しかし、糸調子の設定を変更すると、ミシンをお借りしている方に迷惑をかける為、

お借りしたそのままの状態で作業は進めています。

この状態でも生地がほつれる事はほぼないハズです。

 

 

紙定規を抜くと、↑このような状態。

 

1cm + 3cm の三つ折りアイロンがばっちりできています。

 

では、いよいよミシンを使って縫っていきます。

次に底布の縫製。

(底布のアイロン掛けは、周囲 1cm で単純に折ってアイロンするだけなので、画像はありません。)

 

裁断の際に、底布の四つ角がくる位置から少し控えたポイントに印付けをしているので、

そこへ底布の四つ角をポイントを隠すように当て、生地端から 0.2cm をステッチします。

四方叩き付けの、0.2cm コバステッチ。

 

次に、バッグの脇を2カ所縫います。

 

↑縫い代オーバーロック+ 1cm 地縫い後、割りアイロン。

 

脇が縫い終わったら、バッグをボックス状にする為、マチ部を縫います。

 

 

上の画像のように、二等辺直角三角形の型紙を用意。

その三角形の型紙の角をバッグ底の角に当て、

バッグの脇線がずれていないことを確認してまっすぐ縫います。

ここまでくると、トートバッグらしさが出てきます。

写真を撮影し忘れたので、よそ様から引っ張ってきましたが、このような状態。

 

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

 

 

こちら ↑ の画像の紙袋の袋口に、アイロンが掛けられた状態です。

 

↑最後は、袋口に肩ひもを指定の位置に挟み込みながらミシンを踏んでいきます。

 

最後、縫い上がった直後のバッグの写真を撮り忘れたので完成品をご覧いただけません。

 

縫い上がった後、非常に大事な工程が待ってます。

 

 

出来上がったバッグに、スプレーでステンシルを施します。

 

 

 

幅広のマスキングテープ(養生”ようじょう”テープでも良いと思います。)

グラフィティアート用スプレー

ステンシル版代わりのレース生地

↑こういったアイテムを用意。
工事現場用の工具店で購入したマスキングテープを適当に貼ります。

 

↑次に、スプレーとレース生地の登場。

 

 

 

↑スプレーを吹き付けるとこんな感じです。

※当時、大雪の中、外でスプレーしてました。

 

 

↑最後に、最初貼ったテープを剥がして完成。(さらに追加でラインをスプレーしてます。)

 

今回紹介したのは、第一号サンプルで、デザインがなかなかに汚く完成してしまいました。

ステンシルの際にどういった仕上がりになるのか、

いくつか試したい事をこの2つに注ぎ込んだので、実験的な意味合いが大きかったです。

 

 

今回はここまで。&長ーい余談。

 

トートバッグの制作風景はこのような感じです。

 

今振り返っても本当に懐かしい思い出です。

 

過去のブログ記事を読み返してるとしみじみしてしまいます。

 

そんな中、2014年3月5日の記事で、「トートバッグ制作に思う事」という記事を書いてたのでこちらも紹介します。

 

僕がなぜトートバッグを作ろうと思ったのか。

なぜ物作りするのにトートバッグを選んだのか。

 

長いですが、過去の記事から引用します。

 

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

 

 

2014/3/5:トートバッグ制作に思う事

 

先日の記事でとりあえず完結しました

「トートバッグ制作(の過程)」

個人的には、トロントでの生活の集大成として取り組んだ制作でした。

(語学向上・習得は置いておいて・・・)

「お世話になった人たちへ、最後に何かお礼をしたい」

「何か残したい」

と 考えた際、自分の人生で経験した幾つかの点が線として繋がったので、この目標を掲げる事となりました。

 

それらを今回は綴ってみようと思います。

 

「トートバッグというアイテムへのフォーカス」

 

こちらでミシンを使用させて頂いた所は縫製工場なんかではなく、

ファッションのセレクトショップ「Sydney’s(シドニーズ)」でした。

 

そちらの洋服屋さんはオリジナルブランドを持っておられ、

急にミシンが必要な際に対応できるようにいくつかの種類のミシンを所有なさっており、

その環境下で縫い上げる事ができる製品で、人からもらって都合の悪くないもの。

 

という条件で、買い物時に使う事ができるトートバッグをチョイスしました。

 

しかし、ただそれだけの理由ではなく、

日本を出る前に勤めていた会社で、カバンを作ろうという企画があり、僕はそれを担当。

 

何度かサンプルを自分で縫い上げた経験がありました。

 

今回 制作していたトートバッグよりかは複雑な(手の込んだ)仕様のものでしたので、

以前の会社でそれを経験していたお陰でトートバッグを作る事に対しての苦手意識みたいなものは薄れていて、

非常に前向きな姿勢で取り組めました。

 

※トートバッグは、超簡単です。

 

「ステンシル時の マスキングテープの応用」

10代で経験した職人見習い時代。

その時分に覚えた

「マスキングテープで角を作る技術」

というのがあるんですが、今回のステンシルで何度か使用しています。

 

そもそも、マスキングテープをステンシルの工程に使用するというのも、

この経験がなければすぐ簡単には思いつかなかったと思います。

Youtubeで、動画を見つけたので貼っておきます。

動画内0:07あたりでみられる技術です。

 

 

動画をアップなさっている企業さんとは職種が違うのですが、

僕自身、職人見習い時代にコーキングは高頻度で使っておりました。

 

「グラフィティスプレー」

ある意味、僕がファッションにのめり込むキッカケとも言えるグラフィティアート。(やってた訳ではないです。好きだっただけ。)

長い間アンテナを遠ざけていましたが、

ファッションに興味を持ち出した初期の自分が好きだったグラフィティアート・グラフィティアーティスト。

 

フューチュラ・スタッシュ・デルタ・コジック・エスポ・コスタス・ヘイズ・カウズといったグラフィティーアーティストたち。。

少しずれますが、

バスキア・ウォーホル・キース ヘリングといったアーティストなんかも。

 

その文化が日本よりも盛んな カナダ・トロント。

 

そんな環境が再びグラフィティの方面へ視野を広げてくれた事により、

トートバッグへデザイン要素を加える大きなヒントとなりました。

 

「トートバッグへのステンシル」

 

専門学生時代、

「お金はいらないので、手伝わせて下さい。」

と お願いして縫製工場さんへ体ひとつで勉強させてもらいに行っていた時期があります。

 

そちらでは洋服はもちろん、キャンバス(帆布)のかばんを作っておられ、

そのかばんは完成後にプリントではなくステンシルでボディに施していました。

 

その経験が、グラフィティとバッグへのステンシルを結びつけてくれました。

 

日本を出る前に勤めていた会社での経験値。

10代で経験した職人見習い時代での経験値。

ファッションが好きになり出した頃に大好きだったグラフィティアートの存在。

そのグラフィティが盛んなカナダ・トロントという地。

専門学生時代にお世話になった縫製工場での経験値。

そして、お世話になったお店との出会い。

 

↑これら全ての点が、一本の線として繋がった取り組みとなりました。

 

最後に、前述したミシンを所有するショップ「Sydney’s(シドニーズ)」の話です。

 

僕がトロントへ渡り、はじめの一週目に出会った洋服屋さんがSydney’s(シドニーズ)です。

 

英語のできない僕なんかを気に入って下さったお店で、気さくに「毎週おいでよ!」とまで声をかけて下さいました。

 

そこから毎週 通い詰め、何をするでもなく、ただ居座る。

 

販売員の経験があったので、レジの際に商品のたたみを買って出ようとしても、当然ですが触らせてもらえない。

 

しかし、何度も何度も通ううちに、何かお手伝いをと、

時間を見つけて店内の商品を勝手にたたむようになりました。

 

それを評価して下さったのか、徐々に信頼して下さるようになり、

「英文を和訳した文章のチェックをしてほしい。」

なんてお願いをしてくださいました。

 

それは、

日本語訳まではできているけど、文章の区切りがわからない為、自然な改行にしてほしい。

との事でした。

 

また別の日には、

「日本のショップへコンタクトを取りたいんだけど、

Webページが日本語ばかりでわからないんだ。」

と 相談を受け、

日本のショップ50件近くのメールアドレスを調べるお手伝い。

 

中には、明確なアドレスがわからず、僕個人で一度コンタクトを取り、

直接 お店さんから教えて頂いた確実なアドレス(連絡先)をリストに起こして渡したりもしました。

 

気付けば、付き合いは数ヶ月続き、

レジでお客さんへ渡す商品のたたみ作業をはじめ、閉店作業の商品の整頓、大量入荷の検品のお手伝い。

オリジナルブランドの次シーズンサンプルへの手縫いでのボタン付け作業を手伝う事も。

 

余談としまして、ある日のお昼に、

裏にあるBBQコンロでハンバーガーを作って食べるから、トシも一緒にどう?

なんて日もありました。

 

他にも、お店に看板犬のわんちゃんがいるのですが、

すごく人見知りで、最初はまったく懐いてくれません。

 

しかし、ある日を境に、イスに座った僕の膝の上へ跳び乗ってくれるくらいまでになりました。

(そのあと、居眠りを始めるのがとてもかわいい。)

 

信頼のない最初の頃は、

「トイレ使わせてくれない?」

と 尋ねても、

「トイレがないから、隣のカフェでしてきて。」

なんて言われていたのが、

途中からは

「トイレなら従業員用のものが 地下にあるから行っといでよ!」

なんて。

僕にも関係者専用のトイレを使わせてくれたり。

 

他にも、

以前、1ドルもお金を持たずに1週間程モントリオール(トロントからバスで8時間ほどの所)へ行ったのですが、

帰りにヘヴイアウターを置き引きされてしまい、

極寒に耐える新たなアウターをトロントで購入しないといけなくなった折り、

そのショップSydney’sのみんなから、

900ドル(日本円で約10万円)くらいのヘヴイアウターを新品でプレゼントしてくれた事もありました。

 

おかげで、マイナス20℃前後の気温から身を守れました。

 

ゼロからの関係が徐々にプラスの方向へ動いていく。

そういった一つ一つの出来事が、とても嬉しく、そして、トロントを離れるのを恋しくさせました。

 

カナダという地に移ってから帰国までの間、トロントで何十件かショップを回りましたが、

僕のわかる範囲では唯一、彼らのお店だけがバックルームにミシン等の環境を持っていました。

 

そんな彼ら(Sydney’sのみんな)と親密な関係を築く事ができたからこそ、最後に自主制作活動を行う事ができました。

 

感謝しかありません。

 

ここに書き切れない程の思い出をくれたSydney’sというお店の存在。

 

色々と書いていたら目頭が熱くなり、更には着地点がおかしくなって参りましたので、

この辺で止めておこうと思います。

 

ではでは。

 

ここまで読んでくださった方。ありがとうございます。

 

次は、僕がトロント滞在時に作りまくったトートバッグを全て紹介します。

 

「バッグ作りを教えて下さい。」っていう和志くんと一緒にトートバッグ作りをしたのも懐かしい・・・。

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生川敏弘(なるかわとしひろ)
1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。

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    生川敏弘(なるかわとしひろ)

    1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。