旨いおにぎりと手紙のはなし

旨いおにぎりと手紙のはなし
おもひで3
日本人って、
何か奥ゆかしさを持った人種だと思います。
例えば手紙。
暑中お見舞いやお歳暮、年賀状。
遠くに離れていても、
そうやって、そうする事で
大事な人と繋がってたんでしょうね。
昔の人って。
僕の育った家では、
年賀状を送るくらいですかね。
やってたのは。
それでも大事ですよね?
簡単に一言 添えて、
新年の挨拶をハガキで交わす。
たったこれ↑だけの事だとしても。
僕は大事だと思います。
(思うようになりました。)
手紙だったら、
時候の挨拶 (手紙の頭にもってくる季節を絡めた書き出し)があり、
最後、
結びの挨拶で締める。
僕はそこまで丁寧に手紙を書いたことなんて皆無です。
でも、
粋 ですよね。
一枚の手紙が、
グッと深さを増すというか。
そんな手紙。
最近、機会があれば書くようになったんですよ。僕。
お洒落な文面。
ウィットに富んだ内容。
気の利いた内容。
別に大したクオリティーでは書けませんが…..
キッカケは、うちのお嫁さん。
彼女のご両親の誕生日に。
彼女の兄弟の誕生日に。
彼女の祖父母に。
彼女がお世話になった、憧れの叔母に。
その全てで手紙を書いてる訳ではないようですが、
書けるときには
なるべく用意してるようです。
僕の両親の誕生日にも、
手紙を書いてくれました。
もちろん、僕も一言添えて。
すごく濃い内容でもないし、
さっき説明したような、
昔ながらの
「手紙の書き方」
を実践してるわけではないんですが、
ひとり、
小さな机に向かってペンを走らせるわけです。
5分とか10分。15分とか。
その姿を見て、
「あ、手紙を書くって大事だな。」と。
それから、今日に至るまで数回。
僕も手紙を書きました。
自分の作ったトートバッグを、
かわいい愛犬が家族にいる
東京在住のお洒落な方に送るとき。
老人ホームなどの施設で
趣味のハーモニカをボランティアで演奏。
何件ものそういった施設を定期的に回っていた
もうすぐ90歳の祖父が、
そのボランティアの活動にピリオドを打ったとき。
簡単な花を贈ったのですが、
それに手紙を添えました。
じいちゃんは、
「体力的に難しくなってきたから。」
なんて言ってましたが、
それでも十分、
多くの人に貢献したのだと思います。
僕の誇りです。
じいちゃんにも手紙を一通。
作ったポーチを購入してくれた女の子。
海外に住んでたことのあるその子は、
かわいいアクセを作る
笑顔が素敵な子です。
岐阜に住むその子が購入してくれた、
手作りのポーチを送るとき簡単な手紙も一緒に。
色々な事情から
参加できなかった友人の結婚式。
新郎である友人にお祝いを送るときに、
ひとつ手紙を書きました。
他にもいくつかありますが、
とりあえずこれくらいにしておきます(^^)
で、実際に手紙を書くようになってわかったこと。
それが何だかわかりますか?
あくまでも僕の考えですが、
たった数行の
簡単な内容であったとしても、
その手紙を書いている時間。
だいたい5分~15分。
その間、
手紙を送る相手のことを
確かに想ってるんですよね。
「しばらく会ってないけど元気かな?」
「最近Facebookで、○○に旅行してたのをアップしてたから、
そのことを書こうかな。」
「そこまで相手の事を知ってるわけではないけど、
何か気持ちが届けば嬉しいから、
どんなこと書こうかな?」
「じいちゃんの最後の晴れ舞台に立ち会えやんかったけど、
今まで人の為に活動してきたじいちゃんが
笑顔になってくれたら嬉しいなぁ。」
とか。
少しの時間なんですが、
それは間違いなく相手の為に使ってるんですよね。
自分の時間を。
恩着せがましいとか、
そういうんじゃないですよ?
もちろん、
自分の時間を相手に使ってやってるんだ。
なんて事もありません。
自分の時間を相手を想う時間にあてる。
それがまた心地良いんです。
自分にとっても。
みなさんは、最近手紙を書いたのはいつですか?
大事な人の記念日が近い。
久しく会ってないあの人と連絡取りたい。
なんて方々。
久し振りに、
手紙なんていかがでしょうか?
おもひで1
手紙を添えて贈った花を受け取ったからと、
写真をくれた 僕のじいちゃんとばあちゃん。
そうやって、
手紙を書くこと。
相手を想うことの大事さに気付いた僕。
気付かせてくれたのは妻でした。
本当に魅力的な女性です。
そんな日々を最近 過ごしてた僕は、
とびきり美味しいおにぎりを食べたんですよ。
今回、それを自慢したくて(^^;)
おにぎり。
日本のソウルフード
ライスボール。
食べてますか?
今、
実は色々あって自宅療養中で、
実家にいます。
自宅に閉じこもってばかりだと
余計に悪くしちゃうからと、
仲良くさせてもらってるお店さんに
お手伝いに通わせてもらってます。
で、お昼のお弁当にって、
おかんがおにぎりを持たせてくれたんです。
30前にもなって、
「おかんのおにぎりってちょっと…….(-_- )」
って感じた方いますか??
いえいえ。
子はいつまでも子なんです。
あと、僕は過去に(正直 今でも)
迷惑・心配を散々かけてきているので、
今、母親の優しさをしっかり味わっています。
そんな、おかん特性おにぎり弁当。
一日目は梅おにぎり。
美味しかったです。
その日の晩、
おかんから質問が。
その時のキャッチボールを文字に起こします。
おかん
「二日目用のおにぎりの中身、何がいい??」

「梅、まぁ普通に良かったけど、
できたらもう一つ違う味のがほしいかなぁ。しぐれとかある?」
おかん
「あぁ、しぐれ….?あったかな….?
そうやわ、今日買うたばっかやわ!
新品やで封が開いてへんけど、開ければあるで!」

「あ、ほんま!?ある?いや、でもやっぱええわ。
無理に封 開けてまではええから、
明日も梅だけでええよ。ありがとう。」
こんな会話が。
会話の質だとか、
言葉遣いがどうだとかはノータッチにして頂いて(^^;)
翌日のおにぎり?
そりゃもうめちゃ旨いですよ。
だって、
中身がしぐれなんだから。
僕は
「別に、無理に使わんでええよ」
って断ったのに。
めちゃくちゃ美味しいんですよ。
そのおにぎり。
しぐれ以上に、
中に詰められた愛情の詰まり具合。
想像できますか?
最初の手紙の話でも書きましたが、
おかんの、おにぎりを作る時間。
きっと僕を想って。
僕の為に、
おかんは自分の時間を使ってくれてるんですよね。
最終的に遠慮はしたものの、
息子が一度は希望した しぐれ煮。
当初予定していたデビューの日は、まだまだ大分先です。
未開封のその封をハサミで切って開ける。
誰を想い描きながら?
それは
よっぽどの間違いじゃない限り、
僕(息子)ですよね?
そうやって考えたら、
嬉しくて嬉しくて。
おにぎりが旨くて旨くて。
そして、ありがたくて。
おかんは何を考えながら、
何を想いながらこのおにぎりを握ったんやろ?
なんて考えたら、
「美味しい」
「お腹を満たす」
という気持ちと、
「ありがとう・感謝」
「嬉しい」
と、↑こういった感情も味わう事ができました。
すぐに、写メを撮って
おかんにlineをしたのは言うまでもありません。
「ありがとう」と、
お礼の一言と一緒に。
※この時の “ありがとう” は、
標準語ではなく関西のイントネーションで。
関西弁の “ありがとう” は、ちょっとフランクな感じ。
おかんにとっては、
ただ当たり前のことだったのかもしれませんが。
でも僕にとって、
あのおにぎりは
おにぎり以上の価値を持ってました。
僕が食べたやつ以上に
とびきり旨いおにぎり。
「最近 食べたよ(^^)」って方はいますか??
いたら是非教えてください。コメントください。
きっと、そのおにぎりとセットになった
素敵なエピソードも一緒に(^^)
久し振りに手紙を書いてみよう。
おかんに感謝しよう。
おかんにありがとうと伝えよう。
自分のお嫁さんに感謝しよう。
そんな話でした。
旨いおにぎりと手紙のはなし
30歳目前にしてファッションとおにぎりと手紙について考える。
ではでは
おもひで2
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生川敏弘(なるかわとしひろ)
1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。

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1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。