KEN YOKOYAMA in MUSIC STATION

KEN YOKOYAMA in MUSIC STATION
今回の記事は長いので、
もうダメ!読みたくない!
と、途中でギブアップしそうな方は、
最後の方のYOUTUBEの動画を観て、
最後の方だけでも読んで下さい。

I Won’t Turn Off My Radio .
ラジオを切らない。
そんな新曲とともに、
横山 健がMステに出演したそうですよ。
ご存知ですか?
バンドマンの横山 健。
(よこやま けん)
「いいーーね!」
の、
クレイジーケンバンドの横山 剣さんじゃないです。
バンド  Hi-STANDARD(ハイスタンダード)の
ギタリスト 横山 健さんです。
特別どっぷり聴き込んでた訳ではないので、
そこまでハイスタに詳しいって訳じゃないんですが・・・。
有名な曲はある程度知ってます。
キテレツのエンディング「はじめてのチュウ」を
颯爽と走り抜ける
パンクソングにした「MY FIRST KISS」
STAY GOLDとか。
他にもいくつか。
あとは、聴けば大体知ってる。
世代が少し外れても、それくらいの認知度&人気っぷり。
僕ら30歳目前の世代というよりかは、
そのお兄ちゃんお姉ちゃん世代がドンピシャなイメージ。
それで、
僕らも知ってる。みたいな。
モンスターバンドです。
本当に。
かっこいいですよね。ハイスタ。
で、
今回は、Mステの話です。
ミュージックステーション。
タモさんが司会の音楽番組。
MUSIC STATION
ここ数年観てないです。
本当。
そんな
お久しぶりなMステに触れた訳です。
と言っても、
今回もYOUTUBEで観たから
オンタイムでは観てないのですが。
最近ネットで見かけたトピックで、
横山氏の想いが綴られてました。
2015年7月10日のMステに出演した理由。
当時ハンパなくかっこ良かった全盛期、
地上波に登場しなかった彼が何故、
今になってミュージックステーションだったのか。
全国ネットの地上波の番組に出演するのは初。
え?
そんなビッグバンドの人なのに??
そうなんです。
(そうなんだそうです。)
例外の有無は知りませんが、
いちっっっっ度も出た事がないんですって!
今回のように、テレビに。
で、改めまして。
最近ネットで見かけたトピックで、
そんな横山氏の想いが綴られてました。
2015年7月10日のMステに出演した理由。
『横山健の別に危なくないコラム』
→ http://kenyokoyama.com/column/ken/vol89.html
↑こちらから、部分部分で引っこ抜かせて頂きました。
「ロックそのものが小さくなってる」ことに、
ある種の責任みたいなものを感じ始めた。
もしかしたら自分がそれを再び大きくできるんじゃないか?
できなかったとしても、するための行動はすべきなんじゃないか?
オレは…オレは、というよりも Hi-Standard は「メディア嫌い」として知られていた。
ハイスタは音楽誌のインタビューにすら、
まともに答えないバンドだった。
なぜだかいつも話がまとまらなかった。
それにメディアの露出がなくとも
アルバムは100万枚売れて、
Air Jam も主催できて…
つまり、さほどメディアを必要としていないバンドだった。
自分達が若くて尖ってたせいもある。
ここはカッコつけて言うが、
オレ自身や Ken Band はこの際どうでも良い。
ただアイドル、アニメ主題歌が全盛のいまの時代、
子ども達はロックンロール/パンクロックの存在など知らないだろう。
なにしろわかりやすいキッカケがないのだから。
大人達も忘れてしまっているだろう。
かつてハイスタに熱狂した世代も、
年を重ねるにつれて仕事が忙しくなったり、
家庭を持ったり、子どもの世話に追われたり…
きっとロックンロールどころではなくなった人も多いはずだ。
子ども達には
「こんなラフな音楽あるんだよ、ロックンロールっていうんだよ」
っていうのを見せたかったし 、
大人達には
「ほら、かつて君達が熱狂したあれ、まだ死んでねぇぞ」
っていうのを届けたくなった。
自分が子どもの頃、
忌野清志郎さんをテレビで見た。
他のニューミュージックと
呼ばれていた人達とは
明らかに違う空気感を放っていたことは、
子どもながらにも察知して衝撃だった。
10代の多感な時期、
ブルーハーツをテレビで見て人生が変わった。
音源は聴いてはいたが、
テレビでみた時の衝撃は今でも忘れられない。
オレも、もう遅いかもしれないけど、そういった先輩達みたいになりたい。
テレビで音楽番組というと、間違いなくMステなのだ。
出たい、と思った。
出たいとは言ったものの、
先述したように
待っててもオファーなど来るわけないので、
こちらからアプローチする。
ピザオブデスの宣伝担当のケンタローが
めちゃめちゃ動いてくれて、
Mステのプロデューサーの方と会う機会を作ってくれた。
そこでオレは自分の口で
「ぜひMステに出させてください」とお願いした。
そして、選んでもらった。
こちらからお願いして出させてもらう以上、
マナーを守る必要がある。
まず刺青。
テレビ、特にゴールデンタイムは不特定多数の人が流し見もするので、
そこでオレみたいなもんが刺青丸出しで出てたら、
「なんであんなもん出すんだ!」と
気を悪くする人もいるだろう。
それこそクレームでも寄せられたら
「横山なんか出すんじゃなかった」と思われるだろう。
まぁなにしろオレの刺青ったら、
「おしゃれタトゥー」でもないので…パッと見、ただの「輩」だ。
正直言って
刺青を隠すのは楽しいことではなかったが、
今回の突っ張りどころはそこじゃないと
充分理解してたので自主規制、長袖を着て出ることにした。
次が自分の出番になった時、
MC のタモリさんの横に座った。
トークをするのだが、
そこでタモリさんに
「どうして地上波に出ようと思ったわけ?」と
問われ…
いくつか答えを想定していたのだが、
口をついて出たのが
「若い子達に『ロックンロールって、楽器を弾くことってカッコいいもんなんだよ』って、
オレみたいなもんがパフォーマンスすることで思ってもらえたら…」
という言葉だった。
その後のタモリさんの
「最近バンド減ってきてるのかねぇ?」
という質問に、
「わかんないですけど、
歌やダンスに向かう子達が増えているような気がします」と答えた。
これが後々反響を呼んだのだが、ちゃんと明記しておきたい。
これは共演した三代目 J Soul Brothers や NMB48 をディスったものではない。
ただの、ロックが直面している、妥当な現状認識だ。
事実、ハイスタが活躍していた
90年代後半はバンドが全盛期だった。
学校で例えると、クラスの暴れん坊や目立ってる連中、
情報の早い連中にハイスタは支持された。
しかしそのポジションはしばらくすると、ヒップホップにさらわれた。
悪くて尖った連中が、昔ならバンドに向かっていたはずの連中が、
「ヒップホップの方がかっこいいじゃん」と、
そっちを選ぶようになっていった。
そりゃそうだ、
ヒップホップの方が、生っちょろくなっていったロックバンドの発信よりも、
よっぽど強い発信をしてたし、見た目もカッコよかった。
ヒップホップとダンス文化はクラブカルチャーというところで密接な関係にある。
尖った若いガキ、かわいい女の子がそっちに流れて当然である。
----- 途中省略しまして。。。収録・放送が終わり -----
しばらくすると、
三代目 J Soul Brothers の面々が楽屋に挨拶に来てくれた。
そしてメンバーの一人が
「実は…めちゃめちゃ世代なんで、すごく聴いてました」
なんて言うのだ!
オレは心底ビックリして
「えー!そうなのー!?」
と甲高い声で答えてしまった。
「もう、先に言ってよー!本番中ズーッとぼっちだったんですよー!」
なんて言うと、
「ミーハー心を抑えるのに必死でした…w」と言う。
そして
「一緒に写真撮ってくれませんか」と言うのだ。
当代きっての売れっ子からそんな申し出を受けるとは…。

うん。
長かったですよね?
これでも、大分カットさせてもらいました。
長かったですけど・・・・
でも、
かっこ良かったですよね?
(特に、ハイスタを知ってる人が↑を読んだら、
僕と同じ気持ちになってらっしゃるのかなと。)
コラムの最後には、
収録終了後に楽屋に訪れたという
三代目 J Soul Brothers
NMB48
それぞれと一緒に映った写真を載せてらっしゃいます。
あと、
僕が勝手に改行したり省略したりしてるので、
是非、リンク先の元記事もご覧下さい。
コラムには、
横山氏の人柄が表れている気がします。
『横山健の別に危なくないコラム』
→ http://kenyokoyama.com/column/ken/vol89.html
(クリックで、リンク先へアクセスできます(^^) )
と、いうことで、
お待たせしました!
そんな横山氏のMステの映像を見つけたので、紹介しておきます!(^^)b
※個人の方がアップなさったものです。
お世辞にも画質が良いとは言えませんが、
健さんの人柄とかが伝わり易いかと思います。
この動画のあとに伝えたい事があるので、
良ければ是非!必見です!!

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 


で、もうひとつ。
こっちは、PVです。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 

ひとつめの動画、いかがでしたか?
かっこいいです。
で、ですね。
ここからが、僕が一番伝えたい事なんですが。(←今さらっ!?)
横山氏の服装です。
ファッション。
長袖のスウェット(カットソー)に、
ダボッとしたややルーズな七分パンツ。
ローテクスニーカー。
ギターの位置。
「うわ。かっちょええ!」
って言ってました。無意識に。
僕も中学・高校の頃、こんなカッコしましたもん。
で、当時はその服装が
音楽シーンとリンクしてるなんて
深くは理解してなかったでしょうけど、
こういうカッコいい人達がいたから、
僕らはそういう格好してたんですよね。
自分たちは気付いてなくても。
もう30歳前な僕ですが、
約15年前の当時には、
確かに現在(いま)を生きてたし、
確かに僕らは その真っ只中にいたんだな。
ってすごい感じました。
トレンド。流行のキーワードとして、
“ノームコア” って言葉が出てきて、
(究極の普通)
たしかに、
無地Teeとか
シンプル目なこぎれいなカッコの人を
多く見るようになりました。
でも、また何年かして、
さっきみたいな
サブカルとリンクしたファッションが
元気になると楽しいですよね(^^)
というお話でした。テヘペロ
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生川敏弘(なるかわとしひろ)
1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。

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1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。