トートバッグ制作に思う事

トートバッグ制作に思う事

トートバッグ制作①
トートバッグ制作②
トートバッグ制作③
トートバッグ制作④
トートバッグ制作⑤ 完成

 

 

 

先日の記事で

とりあえず完結しました

「トートバッグ制作(の過程)」

 

個人的には、

トロントでの生活の集大成として取り組んだ制作でした。

(語学向上・習得は置いておいて・・・)

 

「お世話になった人たちへ、最後に何かお礼をしたい」

「何か残したい」

と 考えた際、

自分の人生で経験した幾つかの点が線として繋がったので、

この目標を掲げる事となりました。

それらを今回は綴ってみようと思います。

 

「トートバッグというアイテムへのフォーカス」

こちらでミシンを使用させて頂いた所は

縫製工場なんかではなく、

ファッションのセレクトショップ「Sydney’s(シドニーズ)」でした。

 

そちらのお店はオリジナルブランドを持っておられ、

急にミシンが必要な際に対応できるように

いくつかの種類のミシンを所有なさっており、

その環境下で縫い上げる事ができる製品で、

人からもらって都合の悪くないもの。

 

そこで、買い物時に使う事ができるトートバッグをチョイスしました。

 

しかし、ただそれだけの理由ではなく、

日本を出る前に勤めていた会社で、

カバンを作ろうという企画があり、

それを担当。

 

何度かサンプルを自分で縫い上げた経験がありました。

 

今回 制作していたトートバッグよりかは

複雑な(手の込んだ)仕様のものでしたので、

以前の会社でそれを経験していたお陰で

トートバッグを作る事に対しての

免疫みたいなものは薄れていて、

非常に前向きな姿勢で取り組めました。

※トートバッグは、超簡単です。

 

 

「ステンシル時の マスキングテープの応用」

10代で経験した職人見習い時代。

その時分に覚えた

「マスキングテープで角を作る技術」

というのがあるんですが、

今回のステンシルで何度か使用しています。

 

そもそも、

マスキングテープをステンシルの工程に使用するというのも、

この経験がなければ

すぐ簡単には思いつかなかったと思います。

Youtubeで、動画を見つけたので貼っておきます。

動画内0:07あたりでみられる技術です。

動画をアップなさっている企業さんとは

職種が違うのですが、

僕自身、職人見習い時代に

コーキングは高頻度で使っておりました。

 

 

 

「グラフィティスプレー」

ある意味、僕がファッションにのめり込むキッカケとも言える

グラフィティアート。(やってた訳ではないです。好きだっただけ。)

長い間アンテナを遠ざけていましたが、

ファッションに興味を持ち出した初期の

自分が好きだったグラフィティアート・グラフィティアーティスト。

 

フューチュラ・スタッシュ・デルタ・

コジック・エスポ・コスタス・ヘイズ・カウズ。
少しずれますが、

バスキア・ウォーホル・キース ヘリングなんかも。

 

それが日本よりも盛んな カナダ・トロント。

そんな環境が再びグラフィティの方面へ視野を広げてくれた事により、

トートバッグへデザイン要素を加える大きなヒントとなりました。

 

 

 

「トートバッグへのステンシル」

専門学生時代、

「お金はいらないので、手伝わせて下さい。」

と お願いして縫製工場さんへ

体ひとつで勉強させてもらいに行っていた時期があるのですが、

そちらでは洋服はもちろん、

キャンバス(帆布)のかばんを作っておられ、

そのかばんは完成後に

プリントではなくステンシルでボディに施していました。

 

その経験が、

グラフィティとバッグへのステンシルを結びつけてくれました。

 

日本を出る前に勤めていた会社での経験値。

 

10代で経験した職人見習い時代での経験値。

 

ファッションが好きになり出した頃に

大好きだったグラフィティアートの存在。

 

そのグラフィティが盛んなカナダ・トロントという地。

 

専門学生時代にお世話になった縫製工場での経験値。

 

そして、お世話になったお店との出会い。

 

これら全ての点が、一本の線として繋がった取り組みとなりました。

 

最後に、前述したミシンを所有するショップ「Sydney’s(シドニーズ)」の話です。
僕がトロントへ渡り、

はじめの一週目に出会い、

英語のできない僕なんかを気に入って下さったお店で、

気さくに「毎週おいでよ!」とまで声をかけて下さいました。

そこから毎週 通い詰め、

何をするでもなく、

ただ居座る。

 

販売員の経験があったので、

レジの際に商品のたたみを買って出ようとしても、

当然ですが触らせてもらえない。

 

しかし、何度も何度も通ううちに、

何かお手伝いをと、

時間を見つけて

店内の商品を勝手にたたむようになりました。

 

それを評価して下さったのか、

徐々に信頼して下さるようになり、

「英文を和訳した文章のチェックをしてほしい。」

なんてお願いをしてくださいました。

 

それは、

日本語訳まではできているけど、

文章の区切りがわからない為、

自然な改行にしてほしい。との事でした。

 

また別の日には、

「日本のショップへコンタクトを取りたいんだけど、

Webページが日本語ばかりでわからないんだ。」

と 相談を受け、

日本のショップ50件近くのメールアドレスを調べるお手伝い。

 

中には、明確なアドレスがわからず、

僕個人で一度コンタクトを取り、

確実なアドレスを直接 お店さんから教えて頂いたものを

リストに起こして渡したりもしました。

 

気付けば、付き合いは数ヶ月続き、

レジでお客さんへ渡す商品のたたみ作業をはじめ、

閉店作業の商品の整頓、

大量入荷の検品のお手伝い。

 

オリジナルブランドの

次シーズンサンプルへの手縫いでのボタン付け作業を手伝う事も。

 

余談としまして、

ある日のお昼に、

裏にあるBBQコンロでハンバーガーを作って食べるから、

一緒にどう?

なんて日もありました。

 

 

他にも、

お店に看板犬のわんちゃんがいるのですが、

すごく人見知りで、

最初はまったく懐いてくれません。

 

しかし、ある日を境に、

イスに座った僕の膝の上へ

跳び乗ってくれるくらいまでになりました。
(そのあと、居眠りを始めるのがとてもかわいい。)

 

信頼のない最初の頃は、

「トイレ使わせてくれない?」

と 尋ねても、

「トイレがないから、隣のカフェでしてきて。」

なんて言われていたのが、

途中からは

「トイレなら従業員用のものが 地下にあるから行っといでよ!」

なんて。僕にも関係者専用のトイレを使わせてくれたり。

 

他にも、

以前、1ドルもお金を持たずに1週間程

モントリオール(トロントからバスで8時間ほどの所)へ行ったのですが、

帰りにヘヴイアウターを置き引きされてしまい、

極寒に耐える新たなアウターを

トロントで購入しないといけなくなった折り

そのショップのみんなから、

900ドル(日本円で約10万円)くらいのヘヴイアウターを新品でプレゼントしてくれた事もありました。

おかげで、マイナス20℃前後の気温から身を守れています。

 

ゼロからの関係が徐々にプラスの方向へ動いていく。

 

そういった一つ一つの出来事が、

とても嬉しく、

そして、トロントを離れるのを恋しくさせました。

 

帰国までの間、

トロントで何十件かショップを回りましたが、

僕のわかる範囲では、唯一、彼らのお店だけ、

バックルームにミシン等の環境を持っていました。

 

そんな彼らと親密な関係を築く事ができたからこそ、

最後に自主制作活動を行う事ができました。

 

感謝しかありません。

 

ここに書き切れない程の思い出をくれた

そのお店の事は、後日改めて紹介しようと思います。

 

色々と書いていたら

目頭が熱くなり、

更には着地点がおかしくなって参りましたので、

この辺で止めておこうと思います。

 

 

ではでは。

 

 

 

 

ファッションが好きで、気付けば品質の高い洋服に触れる機会が多くなり、

結果、行き着いたところは、

「上質で心地の良い生地をみんなに伝えたい。」という気持ち。

そこで、良品質なオリジナルのシャツを企画し、

興味のある方に届けようと こつこつ取り組んでおります。

その取り組みの動向をまとめた

ブログ内カテゴリー【オリジナルのシャツに向けて】

→ http://mtatkk.com/blog-entry-category/blog-category-39

僕の上質なシャツを届けたい気持ちが伝われば嬉しいです。

 

【質問等で、僕とコンタクトを取りたいという方。】

 

ブログ「30歳目前にしてファッションを考える」

Facebookページへのリンクです。

30歳目前にしてファッションを考える-Facebookページ-

(↑クリックでリンク先へアクセスして頂けます。)

たまに、Facebook上のみで

簡単に話題を紹介してます。

↑ この記事を最後まで読んで下さったあなたには これらの記事↓ も楽しんで頂けると思います。

The following two tabs change content below.
生川敏弘(なるかわとしひろ)
1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。

ABOUTこの記事をかいた人

生川敏弘(なるかわとしひろ)

1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。