ADIDAS STAN SMITH HAILLET

ADIDAS STAN SMITH HAILLET
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ハイレット1
ハイレット2
6年程前に復刻されたモデルで、

現在も市場に出ているADIDAS3大定番モデルのひとつSTAN SMITH(スタンスミス)。

そのSTAN SMITHの原型となったモデルで、

テニスプレイヤーのロバート・ハイレット氏の

シグネチャーモデル「ハイレット」の復刻です。

 

ちょっと調べてみたのですが、1960年代中期に「ハイレット」は登場したそうです。

 

元はテニスシューズで、ロバート・ハイレットもスタンスミスもテニス選手の名前。

 

ハイレット選手のハイレットというモデルをスタンスミス選手が愛用した事から、

結果、スタンスミスという名のモデルが登場。

 

後世に残ったのはスタンスミスだったという訳です。

 

このスタンスミス、ベロにスタンスミスさんの顔のプリントでファンの間ではお馴染みでした。
(拾い物ですが、画像を貼ります。)

 

 

スタンスミスさん
そのスタンスミスさんの顔プリント、こちらのハイレットでは復刻の再現として

ハイレットさんの顔があしらわれています。

 

 

 

ハイレット3
今では、Made For Japanという企画(?)のもと、

デザイン・仕様が変更され、

スタンスミスさんの顔もなくなってしまいました・・・・。

 

こういうデザインは、残してほしかったです。

 

ただ、こういった仕様変更をしながら、

ファッションの流行サイクルのように、

ある程度の年月が経過してから、

仕様変更前のデザインを復刻させ、

話題を作り、ファンの心をくすぐり、

さらには当時を知らないその年代の若者達に広まっていくのだと思います。

 

SUPER STARはバスケットシューズ。

STAN SMITH(&HAILLET)はテニスシューズ。

 

それが今ではスニーカーの定番として挙げられる程の地位を獲得しています。

※スタンスミスは、最も売れたスニーカーとしてギネスにも登録されているモンスタースニーカーです。

 

現在で50代60代の方が学生の頃、

足下は革靴や上履きのような運動靴なんかが当たり前で、

当時NIKEやADIDASのスニーカーを初めて見た時は本当に衝撃が走った。

なんていうお話も販売員時代によく伺っていました。

 

ジーンズが普段着でのアイテムとして認知されだした後、

テニス・サーフィン・スケボー・スキーなどのスポーツ文化が入ってきて、

それが流行したり。

 

そのスポーツ達と一緒にNIKEやADIDAS、

他スポーツブランドが市場に現れたインパクトに多くの人がもろに影響され、

僕らが物心ついた頃には、

足下=スニーカー

という方程式が完成していました。

 

そんなスニーカー史でも貴重な存在STAN SMITH HAILLET。

販売員時代に、店頭へ入荷して取り置きする間もなく完売。

 

そのすぐ後に中国へ3週間程旅行に行ったのですが、

旅の中盤で訪れた、中国の四川にある都市「成都」のADIDASショップで見掛け、

即購入したという思い出があります(荷物になるのに・・・笑)

僕は細身のパンツによく合わせてました。

 

 

 

ハイレット4
定番モデルの原型とあって、格好いいです!

 

 

ハイレット1

 

 

 

 

 

 

ファッションが好きで、気付けば品質の高い洋服に触れる機会が多くなり、

結果、行き着いたところは、

「上質で心地の良い生地をみんなに伝えたい。」という気持ち。

そこで、良品質なオリジナルのシャツを企画し、

興味のある方に届けようと こつこつ取り組んでおります。

その取り組みの動向をまとめた

ブログ内カテゴリー【オリジナルのシャツに向けて】

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僕の上質なシャツを届けたい気持ちが伝われば嬉しいです。

 

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生川敏弘(なるかわとしひろ)
1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。

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生川敏弘(なるかわとしひろ)

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1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。