スニーカー  後編

スニーカー  後編

前編(http://mtatkk.com/blog-entry-13019.html)
では、実際に僕が思春期に履いてきたスニーカーを淡々と書いていこうと思います。

※すみません。画像等はなしです・・・。

 

中学時代。

入学してすぐにREEBOKのジョギングシューズを購入。

買った直後はすごく気に入っていたのですが、

ファッション雑誌を読むようになり、だんだんとしっくりこなくなります。

あの頃は、当時流行っていたDUNKのかっこ良さの理由がわからず、

「なぜ、DUNK(ローテクのバッシュ)には魅力があるのに、自分の履いてるREEBOKはダサいっぽいんだろう・・・。」

なんて考えてました。

その後、念願のDUNK(グレー黒)を購入。

めちゃめちゃ履きました。

履き潰し一歩手前で、NIKEのACGシリーズの名称不明モデルを購入。

この時もやっぱり、DUNKのかっこ良さの理由や明確なデザインの違いを理解していなかった為、

ACGのあまりしっくりこないモデルを選んでしまいました。

 

すぐ最近まで運動靴を履いていたような当時って、

スニーカーはどれもスニーカーであって、

細かい違いはもちろん大きな違いもわからなかったんですよね。

 

NIKEのDUNKやADIDASのSUPER STARは、ローテクのバッシュでシンプルなデザイン。

シンプルだから、ファッションとして使い易い。

あとはそれらのモデルでブームが起きてたりと、ミーハー要素のある理由も含め、

かっこ良さに繋がっていくのかなと。

ACGを購入したものの、自分の中でどうしてもDUNKの良さを抜けない。

結果、ACGを封印。ADIDASのFORUM(白赤)を購入しました。

この時やっと、

「DUNKの後継者として自分の足下を委ねられる1足と出会えた!」

という想いが芽生えてました(笑)

そしてそのまま全日制の高校へ。

全日制の高校生活中には新しくスニーカーを購入する事もなく、

職人見習いになる前に一瞬あったフリーター時代に、

NIKEのBLAZER LEATHERのベージュ×紺を購入。

これも相当履き込みました。

 

当時、このBLAZERを買った後どれくらいかしてBLAZERというモデルはデザインの仕様変更があり、すごくダサくなってしまいました。
そして職人見習い時代、それはもうドメスブランドに浸っていたので、

ドメスティックシューズブランド(ドメスティック=国内)である

UBIQとTASを複数足所有。

その日のコーディネートで足下も変えていく事を覚えだし、

販売員時代に入り、スニーカー所有数もグッと上がり、

専門学生時代には、購入ペースは非常に落ちたものの、

本当に気に入ったモデルがあったら、ちょくちょく購入していきました。

僕は、こういったスニーカー史を経てきました。

以上を踏まえた上で、今後僕のスニーカーを紹介していけたらと思います。

 

 

 

 

ファッションが好きで、気付けば品質の高い洋服に触れる機会が多くなり、

結果、行き着いたところは、

「上質で心地の良い生地をみんなに伝えたい。」という気持ち。

そこで、良品質なオリジナルのシャツを企画し、

興味のある方に届けようと こつこつ取り組んでおります。

その取り組みの動向をまとめた

ブログ内カテゴリー【オリジナルのシャツに向けて】

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僕の上質なシャツを届けたい気持ちが伝われば嬉しいです。

 

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生川敏弘(なるかわとしひろ)
1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。

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1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。