スニーカー 前編

スニーカー  前編

ファッションに興味を持ち始めた中学時代から現在までの僕の服装史は、

自己満足的に書き綴ってきました。

では、足下はどういった靴で固めていたのか。

 

それを綴るにあたって、

まずは僕ら世代がスニーカーシーンに於いてどういったものを見てきたのかを紹介したいと思います。
AIR MAX旋風によるハイテク系スニーカーブームを見た小学生時代。

高額なスニーカーを入手できるはずもなく、気付けば中学生に。

 

中学時代

きちんと記憶していない為、時間軸を無視して箇条書きすると・・・

NIKEの復刻DUNKブーム(裏DUNKなんかもありました)

NIKE AIR FORCE Ⅰブーム

ADIDASのFORUMブーム

キムタクがドラマで着用した事により、CONVERSEのONE STAR(特に白赤)が流行り

BURTONのライフスタイルラインとして生まれたGRAVISが話題となり

AIR FORCEやFORUMなどでオールホワイトの白スニーカーブームなんかもあり

エアプレストやエアクキニ、サイズミックらを中心とした第二次(だったかな?)ハイテク系ブーム

PUMAからはビーストの復刻が出てました。

 

数年の間に、↑こういった流行がありました。

掘り下げると、当時のDUNKは十数年ぶりの復刻で、

人気の配色だった “裏DUNK” と呼ばれるカラーリングのものなんかは

製造ミスから生まれたカラーリングであったりと、

色々なエピソードや豆知識があるそうなのですが、

そこはスニーカーマニアのサイトなんかでご覧頂けるのでそちらにお任せするとして。

 

あくまでも僕ら世代が体感してきたものを、僕の目線で書いていきます。

 

そして高校時代(全日制・定時制在学時通して)

ドメスストリートシーンでは、

ドメスキックスブランドのUBIQやTAS(のちのTERREM)がストリートシーンの足下を飾っていました。

 

他に、APEのフットウェアBAPE STAもこの頃登場して人気を博していました。

そんなどでかいブームの中、

REEBOKからエイリアンスタンパーが復刻されて、

ATMOS別注などもあって雑誌で多く紹介されていたり、

NIKEからVANDAL SUPREME銀赤の復刻もありました。

 

BLAZER LEATHERも良かったなぁ・・・。

NIKEのDUNK SBのムーブメントもすごかったです。

(履いたときのクッショニングの良さに衝撃を覚えました。)

 

ADIDASではSUPER STARが35周年で、周年記念モデルが販売され、

そうこうしているうちに今度はNIKEでAIR FORCEが誕生から25周年を迎えて、

多くのカラー展開で25周年モデルをリリース。

 

ADIDAS三大定番モデル「SUPER STAR・COUNTRY・STAN SMITH」が大幅な仕様変更により、かなりがっかりした経験も。

 

それと近い時期にヴィンテージモデルの復刻が目立つようになり、

STAN SMITHの前身モデル”ハイレット”を復刻させたり、

西ドイツで製造されていた頃の形を再現させた「PRO MODELヴィンテージ」「SUPER STARヴィンテージ」が登場。

COUNTRYも古い形で復刻。

プロスケーター”マーク・ゴンザレス”のシグネチャー仕様のモデルも密かに人気でした。

他にも色々あった気がしますが、今パッと思い出せるのはこれくらい。

上記以外ですごく大きい出来事と言えば、

2000年頃にCONVERESのUSA生産が終了しました。

 

今思うと、この頃はヴィンテージアメカジブームやジョーダンブーム、AIR MAX&ハイテクブームと続き、

まだスニーカーシーンは元気だったかなと。

 

それらを経て、専門学生時代。

ADIDAS・NIKEともにヴィンテージの復刻ラッシュ。

特徴として、ADIDASはスーパースター80’sやキャンパス80’sに見られるように、形は当時のシルエット。

ソールをクリーム色にして復刻。

NIKEはヴィンテージ加工を施して、古いモデルを復刻していました。

REEBOKは、ポンプフューリーを色んなカラーでリリースしてたような・・・。

この時期は盛り上がってましたね。

市場ではなく、僕個人が。ですが(笑)

今はNIKEやADIDASの復刻ラッシュも落ち着きをみせ、少々の余韻が残る中、

NEW BALANCEの900番台や1000番台が元気なのかなと感じます。

 

プレッピーやトラディショナル、クラシックなどをキーワードとしたスタイルの流行が追い風となっているのでしょうか。

※完全に個人的な見解です!

よく覗くスニーカーサイトや、街に出た際に感じただけの事を述べただけですので、

市場の動きや、実際のブームなどは把握しておりません・・・・。

こういったスニーカー界のブームの中、

どういったモデルを選んでいたか、次以降のブログにて紹介いたします。

 

 

 

 

 

 

 

ファッションが好きで、気付けば品質の高い洋服に触れる機会が多くなり、

結果、行き着いたところは、

「上質で心地の良い生地をみんなに伝えたい。」という気持ち。

そこで、良品質なオリジナルのシャツを企画し、

興味のある方に届けようと こつこつ取り組んでおります。

その取り組みの動向をまとめた

ブログ内カテゴリー【オリジナルのシャツに向けて】

→ http://mtatkk.com/blog-entry-category/blog-category-39

僕の上質なシャツを届けたい気持ちが伝われば嬉しいです。

 

【質問等で、僕とコンタクトを取りたいという方。】

 

ブログ「30歳目前にしてファッションを考える」

Facebookページへのリンクです。

30歳目前にしてファッションを考える-Facebookページ-

(↑クリックでリンク先へアクセスして頂けます。)

たまに、Facebook上のみで

簡単に話題を紹介してます。

The following two tabs change content below.
生川敏弘(なるかわとしひろ)
1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。

ABOUTこの記事をかいた人

生川敏弘(なるかわとしひろ)

1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。