専門学校時代 後編

専門学校時代 後編
前編
今回は、前編で少し紹介した「ショップJ 」について書こうと思います。
お洒落で買い物上手なKAG君と仲良くなり、色々と話をしていると、
通い続けているショップがただ1軒。大阪にあるとの事。
(KAG君は大阪に5年程住んでいた過去があります。)
「ショップJ」です。
「ショップJ」は、アパレル生産に携わっていた店主さん(マスター)が個人で経営されており、
オリジナルの製品を販売。
若い人達に良いモノを伝えたい・着用してほしい。
↑との想いでなさっており、マスターが独自に持つルートで上質な生地を入手。
※ですので、良いモノというより、良い生地・良い素材と言った方が正しいかもです。
それを工場へ出して製品化したものがお店へ並ぶのですが、
その生地が本当にすごい。
シルク100%でカラーネップ混のヘリンボン生地でトラウザー
綾織りの綿シルクでシルエットゆる目のトラウザー
綾織りのあまり見ないウールナイロン地でPコート
(ポリエステルではなく、ナイロン)
ヨーロッパの糸で織られたシャンブレー生地でプルオーバーシャツ
(綿100%なのに、とても品のある生地)
などなど、他にも織柄が面白いものや、質の良いウール地でのアイテムもあります。
世間でみられるような量産はされておらず、一品番で数着しか作らないのですが、
製品1枚分しか取れない数mの生地でも、魅力ある生地ならば手に入れて製品化するそうで、
某ブランドが使用した生地の残反なども手に入ったりするのだとか。
一品番で数着しか作らないというより、生地の量が少ない為、数着しか作れないのです。
メディアへの露出はなく、知っている人だけが通うお店らしく、
そんなお店の存在は、単純に口コミで広まっているそうで、
一見さんに対しての場合は、
「あなたはどなたですが?」「どうしていらっしゃったのですか?」など、
それに近いような対応で、
マスターからやや怪しまれたりします。
何を隠そう、僕は初めて「ショップJ」へ行った時、相当怪しまれました。
TROVEのシャツにLevis684ビッグベル。
足下はADIDASのハイテクスニーカー マイクロペーサー。
頭にはチューリップハットで、アウターはモッズコート。
こんな「ショップJ」とかけ離れたコーディネートだった僕は、
初めてにも関わらず、一人でお店へ。
(KAG君と行っていれば良かったです・・・)
お店の雰囲気とミスマッチな僕を見て、
マスターに「どうしてうちにいらしたんですか?」と、すぐに尋ねられたのはいい思い出です。
その後すぐにKAG君の名前を出すと疑いは取れ、そこからお店のポリシーを伺ったりしました。
その中のマスターとのやり取りで、今でも覚えているのですが、
ハンガーに掛かっていた1枚のシャツを指して、
マスター「このシャツを見てどう思いますか?」
僕「わからないです・・・」
マスター「ね?わからないでしょ?このシャツはね、
綿シルクで表情がしなやかなんですよ。うちのお客様は、そういった所に意識がいく方達ばかりなんです。」
こんなやり取りがありました。
これは本当に恥ずかしかったですね。自分の無知っぷりが(笑)
曲がりなりにも販売員も経験してましたし。
お陰で、素材・生地に対して何にも意識してこなかった僕も、
良い素材・良い生地というのをほんのちょっとだけ意識するようになり、わかるようになった気がします。
マスターのこだわりをまとめると、
素材は天然素材が原則(ウール・シルク・綿)
付属も天然素材(貝・水牛の角)
若い子達に良い生地・良い素材を身に着けてもらいたい。知ってもらいたい。
取り寄せるのは、ヨーロッパの生地が主
魅力ある面白い生地なら、化学繊維が混紡でもOK!
1着分でも製品が作れるなら、数mでも生地を手に入れる
繊細な生地でできた服を着倒してもらえるよう、少しでも安く
↑などなどです。
最後にもう一つ。
肝心の価格はというと、シャツが¥7,000– パンツが¥11,000– 
テーラードJKが¥20,000– シルク100%のニットが¥7,000– 
といったプライスゾーンで、本当に安いです。
ドメスのブランドが同じ素材で商品を出したら、恐らく上記の2.5倍〜3倍程の価格になると思いますし、
海外のブランドだったら、もっと高くなります。
上質で繊細な生地は、高い服だと扱いに注意が必要だけど、
そうではなく低価格で出す事で、あまり意識せずに着用して、ボロボロになったらまた買いに来てほしい。
その時、同じ生地の物はお店に並んでいないと思うけど、パターン(型紙)は同じだから、近いものは必ずあるし、
パターンが同じだからこそ、何年も前に「ショップJ」で購入したアイテムでも、昨日買ったアイテムでも組み合わせて着てもらえるようにしている。
by ショップJのマスター
お洒落KAG君が今なお通っているのも納得ですし、
大阪の「ショップJ」の魅力には、僕も虜になりました。
KAG君やJのマスターと出会い、僕はヒッピーファッションを卒業し、
服装がやや大人な雰囲気になり、また一つファッションを好きになりました。
ストリート系で学んだファッションの自由さを基盤に、
古着で学んだそれぞれのアイテムの雰囲気を意識しながら、
コーディネートを組み立て、良いアイテムを身につける。
専門学校入学時と卒業時でファッションスタイルが大きく変わり、今に至ります。
ブログを書きながら、他にも補足的に書きたい事を思い出してきたので、少しずつでも更新したいと思います。
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生川敏弘(なるかわとしひろ)
1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。

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生川敏弘(なるかわとしひろ)

1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。