高校時代 後編3

高校時代 後編3
前編
後編1
後編2
後編3です。
後編3では、職人見習いを辞めて販売員をしながら定時制の高校へ通っていた頃の僕の服装史です。
ドメスブランドに溺れていた僕は職が替わり、
地方のショッピングセンター内にあるショップで販売員をしていました。
取り扱いブランドは固定ではなく、
Ralph Lauren STUSSY patagonia MONCLER
SPIWAK X-LARGE TRUE RELIGION Abercrombie&Fitch
などを扱っていて、他にも色々なブランドを置いてました。
並行輸入商社の直営ショップで、
本社のバイヤーがその時その時で取り扱いブランド・アイテムを各店舗に振り分けていたので、
ショップ側の僕たちには決定権はありませんでしたが、
プレミアムブランドブームなどの流れを汲んで、ブランド編成していた時期です。
当時はプレミアムジーンズや、高級ダウンジャケットなんかが流行ってましたし、
STUSSYが25周年で、25周年記念Tシャツが店頭に並んでいたのも印象深いです。
加えて、そのショップは地元ではスニーカーショップとしての認識が強いくらいのショップで、
NIKE ADIDAS PUMA を主として、
SPRING COURT NEW BALANCE CONVERSE PRO-KEDS
などがたまに入荷していました。
冬になると
RED WING CLARKS 
のブーツ類で売上げを作っていました。
そんなショップに勤め出し、
自店舗・別店舗に勤めるお洒落なスタッフKASさん・KATさんと出会います。
スタッフKASさんはストリート系ファッションで、
自分に似合うアイテムを理解していらしたので、雰囲気込みでとてもお洒落な方でした。
落ち着いた色使いで組み立てたコーディネートの足下に、
派手なカラーリングのスニーカーを持ってくるスタイルの格好良さを教えてくれました。
スタッフKATさんは古着系で、古着界の流行を汲み取るファッションの方でした。
僕と出会った当時のKATさんは70’sスタイルで、その後、古着の80’sスタイルなんかに移っていったと思います。
高校時代の後編2で少し書きましたが、
このスタッフKATさんとの出会いがキッカケで、僕は古着に興味を持ち始めます。
LEVISのヴィンテージ復刻モデルで”ヴィンテージ”という世界を知ってはいたものの、
実際にヴィンテージアイテムを始めるなど、古着というものに手を出していなかった僕は、
ドメスストリート系に”ゆるさ”を取り入れ出した頃でした。
当時のKATさんは70’s古着スタイル。
そう。KATさんはヒッピーファッションだったんです。
パンツは、LEVIS684ベルボトムやノーブランドのコーデュロイビッグベル。
トップスはポリシャツやスウェードジャケット。
頭にはチューリップハット。
「ゆるい雰囲気でお洒落。」
それが第一印象でした。
(もちろん、KAGさんの人柄が醸し出す雰囲気にマッチしていたのも大きなポイントでした。)
全身古着でレトロに。
かつ当時の年代の雰囲気をすごくお洒落にまとめてらっしゃるのに、
足下はハイテクスニーカー。
いわゆるハズしテクニックです。
衝撃が走りました。
(前述のKASさんにももちろん衝撃が走ったんですが、
KASさんは人柄を知れば知る程、本当にお洒落な方だなと思わせるタイプで、
初見でのインパクトではKATさんが強かったです。)
すぐにKATさんに行きつけの古着屋を教えてもらい、迷わずリーバイス684を購入。
トップスはドメスブランドをタイトなサイジングで着用し、パンツはベルボトム。
他にもスウェードジャケットにパイル地のポロシャツやジャガード織のポロシャツなんかも買って、もちろん頭にはチューリップハット(笑)
僕はKATさんの背中を追いかけていました。
そうして古着の世界に足を入れると同時に、ファッションと強くリンクした音楽でも、
本当に浅くではありますが、70’sを中心に昔のアーティストを聴くようになりました。
(ジャニスにジミヘン、ビーチボーイズにグレイトフルデッド。
70年代頃のマイルスデイビスにハービーハンコックなんかも聴いてました。)
裏原系崩れの海外ストリートブランドスタイルから、ドメスストリート。
そこから”ゆるい”テイストを加えたストリート系に移り、
ちょっと古着もかじり出した頃、ある2つのドメスブランドに出会います。
ブランド名は”mean”と”TROVE”
どちらもショップYが、立ち上げしてすぐのシーズンから各ブランドを取り扱い出した事で出会えました。
mean
「意味する」の意を持つmean(ミーン)
2005年にスタートし、旅や自然や音楽から得た物をデザイナーの観点で融合したナチュラルウエア・アクセサリーを提案。
出会った当時のシーズンコンセプトは確か、
アコースティックギターを持ってもサーフボードを持っても似合うスタイルの提案
だったような気がします。
TROVE
(現在はやや変更点があるかもしれないのですが、こちらでは当時のコンセプトを記載します。)
”NEWTROSPECTIVE” (new + retrospective)
”ニュートロスペクティブ”をコンセプトに
現代から見た”レトロ、アンティーク、ビンテージ”を考察。
年代別にテーラードを紐解き、アンティークを目指す洋服。
年代別にディティールと時代背景を紐解き、ヴィンテージを目指す洋服。
2種類のベクトルを柱に
残してゆくべき先人の遺産を現代的視点で再構築し
アンティーク、ヴィンテージとなりうる服作りを目指す。
出会った当時のシーズンコンセプトは確か「ミニマムヒッピー」で、
アンティーク・ヴィンテージなどをキーワードに、
“タイダイ染め”や”ピースマーク”を使用せずにヒッピーテイストを表現したアイテムを展開。
このようなコンセプトでの展開だった気がします。
ちなみに、
現在のmeanはナチュラルテイストなブランド。
現在のTROVEは中性的なテイストのブランド。
そんな印象です。
もう一度記載しますが、
裏原系崩れの海外ストリートブランドスタイルから、ドメスストリート。
そこから”ゆるい”テイストを加えたストリート系に移り、
ちょっと古着(70’s)もかじり出した頃でしたので、
前述の2ブランドの打ち出すテイストが当時の僕にはドンピシャで、すぐに虜になりました。
ドメスストリート+ナチュラルテイスト+ヒッピーテイストが当時の僕のスタイルだったと思います。
サイジングはジャスト目。
色使いは多色使いな日もしばしば。
(ターコイズブルーのカーディガン+黄色のTシャツ+紫のコーデュロイパンツ+赤いスニーカー+チューリップハット こんなコーディネートの組み立て方もしてました。)
この頃、今思えば「ファッション」を楽しめるようになってきていました。
それは、
裏原崩れのストリート系で、高い服を購入し出した頃はブランドだけで買い物していたり、
非常に無難なアイテムを優先的にワードローブに加えていましたが、
それに加えて “そのアイテムの面白さ” “他の人との差別化” を意識し出し、
コーディネートの組み立てを考えて行うようになってきていたからだと考えます。
そんな中、販売員をしながら定時制の夜間高校を卒業した僕は進学します。
そこでまた様々なものに影響されて、
ファッションに対する考えや服装が変わってくるので、
専門学校時代編として更新して参りたいと思います。
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https://www.facebook.com/pape775

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生川敏弘(なるかわとしひろ)
1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。

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1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。