高校時代 後編1

高校時代 後編1
前編(http://mtatkk.com/blog-entry-13010.html)では、

中学から高校へ上がってすぐの話をご紹介しました。

 

今回はその後の話で、

全日制の高校を中退

↓ ↓ ↓

その場繋ぎのバイト

↓ ↓ ↓

1年職人見習い(仕事のみを1年)

↓ ↓ ↓

職人見習いをしながら定時制夜間高校へ通う

このあたりを記述しようと思います。

 

近所にある海外買い付けのショップTの影響で、

インポートのストリートブランドに目覚めた僕は、

もっと手に入れる事はできないのかと考えます。

 

そうして、

地域密着型のファッション雑誌(スパイマスターという、東海地方で展開する雑誌です)で、

好みのショップを探しました。

その結果、地元から少し離れたやや都市部に、

「FUTURA SSUR SNAFU」を取り扱うショップを見つけ出しました。
(ショップ名をYとします。)

そこは地方の路線で3駅程離れた場所でした。

もちろん行動圏内でしたので、バイト代を握り締めた僕は、すぐに行きました。

人生で初めてでした。

「セレクトショップ入店」

※地元の海外買い付けのセレクトショップTは、

非常にアットホームな雰囲気で中学生・高校生だった頃の僕でも入店し易かったんです。

今思い返すと、すごい緊張しました(笑)

 

加えて、

「”うわっ。ダサい奴が来た。”と、なめられないようにしよう。」

だとか考えてました。

まぁ、すごいダサい服装で行ったんですが・・・。

初めての買い物では、

SNAFUの厚手パーカ

SSURのスウェットパーカ

FUTURAのボアブルゾン

SANDINISTAのアウター

↑ を購入。

支払額が¥77,700-だったのを今でも覚えてます。

あの時はすごく嬉しかったですね。

憧れのブランドが目の前にあり、

しかもセール時期だったので10万円以上分を前述の値段で購入できたりでと、

「買い物で幸せになる」というのを経験できました。

しかし、そこのショップYはインポートのストリートブランドの取り扱いを徐々に少なくし、

ドメスティックブランドに主を置いていく変遷期との事。

そうなんです。

この時、日本のストリートシーンは”裏原ブーム”を基盤とし、さまざまな国内ストリートブランドが誕生。

ブレイクしていました。

 

ブランド名を並べると

SIFURY NARCOTIC BALANCE WEAR DESIGN
SWAGGER FAMOUZ HECTIC MASTER-PIEACE
RECON SUBWEAR MOTIVE ATOMS UBIQ TAS NEXUS7 whiz Rebirth

確かこういったブランド達がストリートファッションの活気を底上げしている印象でした。

 

 

三大都市の一つ、名古屋へ電車で40分程で足を運べる所に実家があったので、

今度は名古屋でインポートのストリートブランドを購入するようになります。

ブランドの追っかけですね(笑)

Yで買った服を着て名古屋のストリート系セレクトショップへ。

名古屋で購入したアイテムを着用してYへ。

取り扱いのパーセンテージが減少したものの、

YではまだFUTURAが購入できたので、通い続けていました。

そうしていくうちに、僕も徐々にドメスティックブランドに染まり始めます。

長くなってしまったので、後編2へつづきます!

 

 

 

 

 

 

ファッションが好きで、気付けば品質の高い洋服に触れる機会が多くなり、

結果、行き着いたところは、

「上質で心地の良い生地をみんなに伝えたい。」という気持ち。

そこで、良品質なオリジナルのシャツを企画し、

興味のある方に届けようと こつこつ取り組んでおります。

その取り組みの動向をまとめた

ブログ内カテゴリー【オリジナルのシャツに向けて】

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僕の上質なシャツを届けたい気持ちが伝われば嬉しいです。

 

【質問等で、僕とコンタクトを取りたいという方。】

 

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生川敏弘(なるかわとしひろ)
1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。

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生川敏弘(なるかわとしひろ)

1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。