中学時代

中学時代
僕が中学時代、裏原ブームだった。

裏原ブームとは、裏原宿 つまり原宿の裏手の通りを発信源としたストリート系ファッション。

藤原ヒロシという大きな存在のもと、

APEのNIGO。UNDER COVERの髙橋盾(ジョニオ)らが裏原旋風を起こし、

タキシンのNEIGHBORHOOD、スケシンのGOOD ENOUGHなんかも軸のひとつでした。

その他、宮下貴裕のNUMBER(N)INEにARATAのREVOLBER。

遠藤憲昭のDEVILOCK。

ヒカルのBOUNTY×HUNTER。

STUSSYにSUPREME。

SILAS SOPHNET. GDC Wtaps

↑だとかが、当時のストリート雑誌に名を連ねていました。

(時間軸がおかしいものもあるかもしれません。)

 

裏原ファッションに憧れを抱いていたそんな中、

僕を含めたツレ周りでは、ボトムは専らLEVI’Sのヴィンテージ復刻シリーズがブームでした。

裏原ブームの前には、アメカジブーム&古着ブーム&ヴィンテージブームなんかがあり、(線引きがわからない・・・)

当時の日本のメンズファッションシーンはスケボーやサーフにアウトドア、

それに音楽など、海外の色んなサブカルチャーと結びついたファッションを経験。
(パンクの流れもあったし、モード系なんかもありました。)

 

結果、自己表現だとか理由は様々だとは思いますが、

そういったスタイルを見てきた当時の若い世代が発信する裏原ファッションブームが起きた。

 

という印象があります。

 

脱線してすみません。

で、LEVI’Sの話。

アメカジブームの余韻も少しはあった気がする中学時代に、

LEVI’Sから大戦モデルや201(No.2デニム)に、縫製仕様のかなり古い125などが復刻されていて、

「あいつがあれを買ったから俺はこれ。」

「俺は断固大戦モデル!」

「値段的に502XXかなぁ。」

なんて風潮でした。

なのでみんなして

「赤耳」

「バナナイエロー」

「月桂樹」

「ペンキのアーキュエイト」

「ボタンフライ」

 

などの単語を頭に詰め込んでいた覚えがあります。

ボトムはLEVI’S。

トップスは、近所のジャスコで買った”自分の中では”カッコ良さげな

よくわからんロゴのTシャツやパーカだとかを着てました。

他にもサーフ系のPIKOにDA HUIやTOWN&COUNTRYも着てたなぁ。

 

姉がややヤンキーだったので、

当時ヤンキー(ギャル男)の間で流行っていたであろう服装が、

自分の中では身近で現実味のあるお洒落でした。
(姉の愛読雑誌はegg&Men’s egg)

自分的に、PUMAのセットアップジャージだとかも輝いてました。

っていうか着てたし(笑)

でも、そこはやっぱり裏原ブーム。

理想はそこなんです!

なので、近所のショッピングセンターで買ったSTUSSYには本当にお世話になりました。

STUSSYは当時のストリート系雑誌にも載ってたし、背伸びして背伸びして届くような感覚。

STUSSYは、僕ら世代が一度は通る絶対的ブランド。
(今でもTシャツが欲しくなったりします。)

 

他には、FUBU  JOKER  DOG TOWN  Timberlandも着用。

今こうやって書き出すと非常に恥ずかしいですが、

上下ジャージのヤンキー系

(当時の)ギャル男要素満載のサーフ系

(当時の)音楽がリンクしたHIP HOP系

憧れの裏原ストリート系

が混在してますね。

ボトムはずっとLEVI’S。

そんな中学時代でした。

 

 

 

 

ファッションが好きで、気付けば品質の高い洋服に触れる機会が多くなり、

結果、行き着いたところは、

「上質で心地の良い生地をみんなに伝えたい。」という気持ち。

そこで、良品質なオリジナルのシャツを企画し、

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生川敏弘(なるかわとしひろ)
1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。

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1986年、三重県四日市市生まれ。いまは岡山県岡山市在住です。 ファッションが好き過ぎて、気付けば、デニムジーンズで有名な岡山県 児島のアパレル生産業界へ飛び込みましたが、身体を壊し、同時に心も折れてしまい離職。 好きで飛び込んだ道を諦めた事で、人生に迷い、出した答えが海外遊学。カナダのトロントへ1年滞在しました。 ファッションの繋がりから現地のアパレル・ファッション関係者の人たちと仲良くなり、一時住む家を無くしかけるも、そういった現地の友人達のおかげで救われたりと、ファッション好きだったからこそ海外での生活が潤った事で、自分にはやはりファッションなんだと再認識。 帰国後、名古屋でファッションの販売員などを経て、 現在は、こつこつ続けているブログを軸に、 Facebook・InstagramなどのSNSによる情報発信をしながら、 自分のファッションブランドを立ち上げるべく準備中です。 旧ブログは、「30歳目前にしてファッションを考える」です。